「楽しむ」という意味
2014年02月10日

先日、あるテレビ番組に冬季五輪金メダリストの荒川静香さんと清水 宏保さんが出演していて、オリンピックの舞台に臨む選手たちの発言についてこんなことを語っていた。
「『オリンピックを楽しんで来ます』という選手の言葉を一般の人は誤解している場合がある。楽しむなんて不謹慎だ。もっと真剣になれ---と、いわれることがあるのだが、この『楽しむ』という言葉には、選手がこれまでに懸命に培って来た技術のすべてを出し切るという意味がある。そのすべてが出し切れた瞬間のハマった感覚が、『楽しむ』ということなのだ」
と、荒川さんが話すと、それに対して清水さんは、こう自論を展開した。
「荒川さんは、そう言うが、自分の場合は、『楽しみたいと思います』と、言った時は、実力が出せなかった。つまり、勝つ自信がなかったための予めの言い訳をしたに過ぎなかったのだ。『楽しむ』という言葉は、一種の逃げでもある」
おそらく、清水さんの言い分の中には、オリンピック選手は国民の税金を使わせてもらっていたり、日本という国を背負って競技に出場している以上、個人のパフォーマンスを追求するだけでは不十分だという意味が込められているのだろうと思う。
長野冬季オリンピックの際の日本人選手は、メダルラッシュとも称されるほどの目覚ましい活躍を見せた。
そこには、参加した日本選手全員にとって、日本で開催されているオリンピックだけに、日本国民注視の中での無様な戦いは見せられないという切羽詰まった状況が生まれていたように感じる。
特にオリンピック選手には、「日本を代表してオリンピックに出場させて頂いているのだ」という謙虚さと危機感が必要だと説く人もいる。
果たして、今回のソチ五輪に出場している選手たちの何人が、こうした思いを胸に懐きながら競技を行なっているだろうか。
清水さんの言葉の意味を考えれば、「選手たちには個人的に楽しむ余裕などあってもらっては困る」と、いうことになるのかもしれない。

Posted by ちよみ at 20:45│Comments(0)
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