他人の話を聞かない人・・・・・184

~ 今 日 の 雑 感 ~


    
他人の話を聞かない人<(`^´)>


    
    最近多いのが、他人の話を聞かない人です。

    とにかく、自分の話ばかりをしたがり、話し相手になっている人の言葉には、ほとんど耳を傾けません。

    そして、相手が業を煮やして話し始めると、相手の話が途中でも、さっさと帰ってしまったり、その話に相槌を打つふりをして、またもや自分の方へ会話を奪い取ってしまうのです。

    しかし、よく昔から言われる「話し上手は聞き上手」という言葉の逆で、そういう人の話は、決してうまいとは言えません。要するに、人の話を聞く機会がありませんから、話題も少なく、言葉のボキャブラリーも貧弱で、聞かされている方は、「また、その話なの?」と、うんざりすることもしばしばです。

    でも、本人は、話しながら常に悦に入っているのです。皆が自分の話を感心して聞いていると、本気で思っているのですから始末に負えません。

    わたしの周りにも、そういう人がいます。他人の話を聞かない人・・・・・184

    こちらが大切な話をしていても、ほとんど聞いてはいないのです。何故なら、その人の頭の中は、次に自分が何を話そうかということで一杯で、こちらの話がまだ続いているにもかかわらず、息継ぎの隙間を見て、話に割り込んできてしまうのです。

    そんな訳で、あとから、こっちが「さっきの話だけど、判ったわね」なんて言ったところで、「何の話?あなた、そんなこと言ったっけ?」などというトンチンカンな受け答えをする破目になるのです。

    ところが、そういう人の困るところは、そうして自分が聞いていないことを棚に上げ、「そんなこと、あなた、話していなかったじゃないの?判るように言ってくれなきゃ」などと、まるで、こちらが悪いようなことを平気でのたまうのですから、開いた口がふさがりません。

    自分の不注意も、他人のせい。何でもかんでも、他人が悪い。

    世の中、それで通して来た訳ですから、決して自分の非を認めません。自分が失敗したことを認めるのは、敗北とでも考えているようです。

    人の話を遮ってでも、自分を主張したい。そうしないとイライラが高じて、頭がおかしくなりそうだ。-----そんな人とかかわり合いになった時は、こちらも言うだけのことは言って、サッサと離れるに限ります。

    その人が、忠告を耳に留めずに、穴に落ちても、こちらがとやかく心配することはないと、わたしは最近割り切っています。そういう人は、きっと、穴の中でもしゃべり続けていることでしょうから。face03 

<今日のおまけ>

    高齢者の特に男性に、「病気をして最も凹むことはなんですか?」と、訊ねると、ほとんど真っ先に返ってくる答えが、

    「運転免許証の返上」

    だそうです。足腰が弱り、もう自動車の運転など無理だと判っても、やはり、免許証は手放したくないというのです。

    高度成長時代を支え、自動車が一家団欒のシンボルだった時代を通り過ぎて来た高齢男性にとって、妻や子供たちを自家用車に乗せて、ドライブをした時が、もっとも父親を実感した時間だったのでしょう。

    つまり、自動車や運連免許は、自分が一家の長であるということの証でもあるのです。

    事実、高齢者教習には、ほとんど自力で歩けない男性や、九十歳を超えた男性が、家族に支えられながら来る姿もよくあるそうです。

    そういう人たちが、再び免許証を交付されても、おそらく、自動車を運転することはもうないのでしょうが、それでも、免許証を持っているということが、彼らの生きる自信にもなっているという現状があるのです。

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この記事へのコメント
もみじマークつけて走ってる方多いですよね。
アレをつけるか否かもプライドってあるらしいですよね。父もつけてませんが。。。
長野県みたいに交通網が発達しているわけでもなく
バスも一時間に一本とか電車が一本とか少なくもありどうしても車は重要な存在ですよね。

乗れるか乗れないかは別としてやはり免許証は大事な存在ですよね。身分証明は大体が免許証だったりしますものね。(顔写真入り)
剥奪される日がくるのか・・・悲しいなぁ。
Posted by り・まんぼーり・まんぼー at 2009年10月01日 17:55
り・まんぼーさまへ>

 もみじマークは、抵抗あるという人、多いですよね。周りの自動車に注意を促すためなら、何も「もみじ」でなくても、初心者用の「若葉マーク」でもいいはずですから。どうして、高齢者は、「もみじ」とか「シルバー」という発想しかお役所は出来ないのでしょうね。八十、九十になっても、自分は青年だと、思っている高齢者は多いと思いますよ。うちの近くの商店の方は、高齢者の男性に対しても「お兄さん」と、呼びかけるようにしているそうです。まあ、六十代の女将さんにしてみれば、確かにお兄さんですからね。
 でも、必ず、高齢者講習では、認知症のテストがあるそうです。時計を書かせるのが多いそうですね。認知症になると、数字の配列が、判らなくなるのだとか。
 確かに、認知症になってまでも、運転をするというのは、周囲に迷惑をかけますから、さすがにそれが判った時は、返上することになると思います。
 でも、どうしても、病院などへ通うために車が必要だという場合は、本当にどうしたらいいのでしょうね?
Posted by ちよみちよみ at 2009年10月01日 18:19
またもやハイジママです・・・
”他人の話を聞かない人”って私のまわりにもいっぱいいますよ~、しかも年とともにそういう人が多くなってきています。これって老化現象なのでは?ずーっと前から考えさせられていた事です・・・ブログを読ませて頂いてすごく納得!!賛成意見です、最近ちょう~どそんな人に2時間も電話につき合わされクタクタ・・・・結局今の2時間はなんだったの?・・・私に話を聞いてって始まったのに、人の話など聞いてない!!ムカッ・・・っとしたから聞き役に徹底していました。
自己主張ばかりで・・・結果彼女はなんだか自分を悲劇のヒロインとし、(自己)満足して受話器をおいたようですが、私はそれを投げつけたい衝動に・・・・もう勝手にしてちょうだいって、そーっと距離をおくことにしました。
ものすごくタイムリーな今回のブログに強い共感をもって即コメントしました、毎回お返事ありがとうございます、次回も楽しみです
Posted by ハイジママ at 2009年10月01日 21:57
おれ?(^^;;

そゆのは、人の感じ方もありましょうから
まぁ、それぞれの見方でかまいませんが・・・



免許・・・
中信の過疎地で仕事をする自分は
切実な現状を目にしています

車がなければ、行動範囲が限られてしまう現状の中
高齢者の輸送の援助に直接的に携わっています。

近隣の病院へ通院するにも、運転できるかできないかで
生死に関わってくることすらあります。
高齢ドライバーが、近所を支える現状は地域の支えあいの一つの形ではありますが
それが機能しなくなったときに壊れてしまうもの、不便になってしまうものもあるのですよね

とはいえ、体やメンタルの衰えは、止めることのできないもの
そういったところを支援できる自分の仕事でありたいと思っています。
Posted by はるみっちゅ at 2009年10月01日 22:29
ハイジママさまへ>

 そうですね。
 年を取るにつれて、人の話を聞かなくなる人は多くなりますね。わたしも、実感しています。2時間の電話ですか。その間に色々やりたいこともあるでしょうに、主婦の2時間は貴重ですよね。それも、一方的にまくし立てられたのでは、疲れますね。
 そういう長電話は、たいてい愚痴か他人の悪口か・・・。歳をとると、ますますそうした自分本位の演説が顕著になりますね。
 日々の鬱憤や心配事などで、話したいことが山とあることは判りますが、相手の話も聞いたうえで、自分の意見も言うべきだと思うのですが。
 でも、そういう人は、もはや他人の意見などどうでもよいのでしょう。おそらく、世の中を仕舞う準備をし始めたのだと、最近わたしは、思うようにしています。
 「言わずに死ねるか」---そんなところかもしれません。とはいえ、聞く側も腹が立ちますよね。わたしは、この前、まだ、話を続けている相手の目の前から、突然、何の挨拶もなく、消えてやりました。(笑)
Posted by ちよみちよみ at 2009年10月01日 23:13
はるみっちゅさまへ>

 はるみっちゅさんは、お年寄りのために自動車の運転もしておられるのですか。
 通院や、買い物にも付き合われたりするのですか?過疎の集落では、自動車はなくてはならない移動手段ですから、高齢になったからと言って、簡単に免許を返すことなど出来ませんよね。
 おっしゃる通り、車があるかないかで、生死が分けられるという現状は、到底納得の出来るものではありません。
 もしも、免許を返上しなくてはならない場合は、行政が必ずそのお年寄りの足となり、生活を支障なく支えるという確約をするべきなのです。
 わたしの住む場所も、足の弱い高齢者には、実に住みにくいところです。買い物に行くのも、車に頼ることの出来ない高齢者は、遠くのスーパーまで歩いて行かねばなりません。正に一日がかりの仕事になってしまいます。
 「主人が自動車を運転できなくなったら、もう二人で餓死するしかないね」と、真面目に話すお婆さんもいます。
 はるみっちゅさんのお仕事は、大変な重労働ですが、お身体に気をつけて、地域のお年寄りの希望の杖となって、これからも支えて差し上げて下さい。
Posted by ちよみちよみ at 2009年10月01日 23:32
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