貧乏ゆすりは・・・・・546
2010年05月16日
~ 今 日 の 雑 感 ~
貧乏ゆすりは・・・・
あなたは、貧乏ゆすりをする方ですか?
まあ、どちらかといえば無意識のうちにしていることが多いものですから、他人に指摘されないと判らない場合もありますよね。
「貧乏ゆすり」とは、一口に言って、フラストレーションの発散や解消をしているという仕草ですから、ストレスを感じている時によく起こるものなのです。
細かく足を揺すると、その刺激が脳に伝わり、精神的な緊張を和らげる働きをするのだそうです。
これが、子供ならば、大声でわめいたり、泣いたり出来るのですが、大人はそうはいきませんから、貧乏ゆすりで同等の効果を生じさせようとするのだそうです。
ですから、頻繁に貧乏ゆすりをする人は、どちらかというと子供っぽい性格の人だといえるのかもしれません。
心の不安や不満が解消すると、貧乏ゆすりも直ると思われます。
つまり、貧乏ゆすりの激しい人のための解決策はただ一つ、精神的に大人になるということなのです。
しかし、このように考えると、時にはこの貧乏ゆすりを逆にうまく利用するという方法もあるのです。
相手を説得したい時、もしも、その相手が貧乏ゆすりを始めたとしたら、その時がチャンスなのです。
あなたの話し方で、相手が追い詰められている証拠でもある訳ですから、ここで一気に攻勢をかけない手はありません。
また、妻が夫の浮気を問い詰めた時、夫が貧乏ゆすりをし始めたら、それはほぼ浮気を認めているようなものだそうです。浮気がばれるかもしれないという心の焦りが、そのような仕草を誘発するのです。
このように、交渉の場や夫婦喧嘩の時は、貧乏ゆすりは特に禁物なのです。
自分の弱みを相手に知らせているのと同じことになりますから、そういう時は、グッとこらえて、出来るだけ大人の対応を心がけましょう。

<今日のおまけ>
この間のコミさんへのコメントの続きは、こうなる。
わたしのかつての上司が言った言葉、「仕事が楽しいなんて言っている間は、まだまだ半人前だ」
「では、一人前になるにはどうすればいいんですか?」
すると、上司は言う。「嫌になって、何度も辞めたいと思いながらも、また思い直して、そしていつしかそれが生き甲斐になった時、やっと一人前になるんだよ」
楽しいとか、苦しいとかなどとは関係のない、「自分自身が生きているという証として、どうしても必要なもの」そのように仕事が認識出来た時、人は一人前になるのだそうだ。
でも、これを達観できる人は、すごいと思う。
正に、禅の世界だなァ・・・・。
この間のコミさんへのコメントの続きは、こうなる。
わたしのかつての上司が言った言葉、「仕事が楽しいなんて言っている間は、まだまだ半人前だ」
「では、一人前になるにはどうすればいいんですか?」
すると、上司は言う。「嫌になって、何度も辞めたいと思いながらも、また思い直して、そしていつしかそれが生き甲斐になった時、やっと一人前になるんだよ」
楽しいとか、苦しいとかなどとは関係のない、「自分自身が生きているという証として、どうしても必要なもの」そのように仕事が認識出来た時、人は一人前になるのだそうだ。
でも、これを達観できる人は、すごいと思う。
正に、禅の世界だなァ・・・・。

その手には乗らない!・・・・・558
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Posted by ちよみ at 10:57│Comments(2)
│ちょっと、一服・・・・・ 27
この記事へのコメント
ちよみさんこんばんは。
そうですか、仕事が生き甲斐、生きている証としてどうしても必要なもの、そうならなければ、一人前とはいえない。
たんに、お金を稼ぐためだけではなく
生き甲斐となることは、なかなか、難しいと思います。
たとえ好きな仕事でも、そこまでいくいのには相当な紆余曲折があるのでしょう。
僕も、この仕事を何十年とやってますが
まだまだ、そこまでの気持ちにはなりません。
毎日の仕事が生き甲斐になれば、こんな良いことはなでしょう。
貧乏ゆすりはたまに出ます。
やはり、気持ちが不安定な時が多いような気がします。
どこか、精神的に大人になりきれていない
ものがあるようで、困ります。
もっと気持ちにゆとりを持って、仕事に生き甲斐を持てれば、と思ってます。
そうですか、仕事が生き甲斐、生きている証としてどうしても必要なもの、そうならなければ、一人前とはいえない。
たんに、お金を稼ぐためだけではなく
生き甲斐となることは、なかなか、難しいと思います。
たとえ好きな仕事でも、そこまでいくいのには相当な紆余曲折があるのでしょう。
僕も、この仕事を何十年とやってますが
まだまだ、そこまでの気持ちにはなりません。
毎日の仕事が生き甲斐になれば、こんな良いことはなでしょう。
貧乏ゆすりはたまに出ます。
やはり、気持ちが不安定な時が多いような気がします。
どこか、精神的に大人になりきれていない
ものがあるようで、困ります。
もっと気持ちにゆとりを持って、仕事に生き甲斐を持てれば、と思ってます。
Posted by コミ at 2010年05月16日 21:02
コミさまへ>
仕事が生き甲斐になる---考えてみれば、すごいことですよね。人間、そこまで行きつくことなど、そう簡単に出来るものではありません。そのためには、もちろん犠牲も伴うでしょうし、あっちも、こっちもうまくやろうなどと欲を出している限り、そんな境地には達せないのだと思います。
ほとんどの人は、お金を稼ぎ、家族を養うために否も応もなく働くというのが、普通ですね。
でも、何故か、新聞記者には、「本当にこの仕事が三度の飯よりも好きだ」と、いう人たちが稀にいるのです。驚きました。
貧乏ゆすりは、確かに気持ちに余裕がない時に起きやすいですね。イライラしている時や、考えがまとまらない時など、ついやってしまうことがあります。(笑)
おっしゃるように、わたしも、もっと気持ちにゆとりが持てればいいのですが、年々気が短くなって来ているようにも思えます。
仕事が生き甲斐になる---考えてみれば、すごいことですよね。人間、そこまで行きつくことなど、そう簡単に出来るものではありません。そのためには、もちろん犠牲も伴うでしょうし、あっちも、こっちもうまくやろうなどと欲を出している限り、そんな境地には達せないのだと思います。
ほとんどの人は、お金を稼ぎ、家族を養うために否も応もなく働くというのが、普通ですね。
でも、何故か、新聞記者には、「本当にこの仕事が三度の飯よりも好きだ」と、いう人たちが稀にいるのです。驚きました。
貧乏ゆすりは、確かに気持ちに余裕がない時に起きやすいですね。イライラしている時や、考えがまとまらない時など、ついやってしまうことがあります。(笑)
おっしゃるように、わたしも、もっと気持ちにゆとりが持てればいいのですが、年々気が短くなって来ているようにも思えます。
Posted by ちよみ
at 2010年05月16日 22:21

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