文章のルール?・・・・・544

~ 今 日 の 雑 感 ~


文章のルール?



    この間、ちょっと面白い新聞記事を読んだ。

    小説を書くのも、曲を作ることと似ているという話だ。

    音楽には、さまざまなジャンルがあり、「ブルース」「ジャズ」「ロック」「タンゴ」「ワルツ」など、それぞれに応じた曲のルールというものがある。

    一小節に幾つ音符を入れるかとか、必ずある音は半音上がるとか、そういういわゆる曲を作る上での手法の違いを心得ながら、その方法に則って書けば、それなりの曲が出来上がるというものなのだそうである。

    小説にも、これと同じような法則があり、その鍵を握っているのが「接続詞」なのだそうだ。

    この「接続詞」を、極力はぶいた上に、一人称を用いて小説を書くと、これが「ハードボイルド・タッチ」と、いうものになるとのことである。

    実は、わたしがこのブログに書いた『ダニー・コリガンの部屋』の文章を、シナリオライターの友人が、かつて、「ハードボイルドだね」と、言ったことがあったのだが、その出だしがこれである。



    ロサンゼルス、ダウンタウン7番街のヒルストリートと交差する近く、細くて薄暗い路地を20メートルばかり奥へ入った古いアパートメント・ビルの3階に、おれの新しい部屋がある。

 三日前に越して来たばかりの部屋だ。

 アパート正面のドアを開け、らせん階段を駆け上がり、鉄製の冷たく重い扉を押して入るこのカビ臭いチンケな巣に、おれは、毎晩、眠るだけのために帰って来る。




    こんな塩梅なのだが、確かに、「しかし」「つまり」「そして」「だから」などの「接続詞」が全く入っていない。しかも、「おれ」という一人称の書き方である。

    このように分析してみると、意外に文章もある一定のルールによって書けば、下手なりにもそれらしいものが出来上がるようである。

    また、こういう書き方は、自分の気持ちを淡々と綴っていけばいいだけなので、案外スラスラと書けるものでもある。要は、小学生の作文の延長で書いていけるのだ。

    たとえば、こんな具合に----。

    

    おれは、母ちゃんに作ってもらったデカい握り飯を一つリュックサックに放り込み、水筒にはウーロン茶を詰めて家を出た。

    今日は、待ちに待った遠足だ。

    目的地まで約五キロ。この間、クラスの列のおれの隣には、大好きな同級生のかおりがいる。

    おれは、これからの数時間を、かおりと一緒に歩くのだ。




    かなりませた作文になるが、これも「ハードボイルド・タッチ」である。

    でも、こんな作文を書いたら、間違いなく先生に呼び出されるだろうな。

    文章のルールが判れば、もっと色々な書き方が楽しめるかもしれない。icon22

文章のルール?・・・・・544

    

    

<今日のおまけ>

    先日『300 』という洋画をテレビで見た。

    100万人のペルシャ軍にたった300人のスパルタ軍が戦いを挑むという歴史戦記だ。荒唐無稽の部分と史実とをうまく織り交ぜながら、絵画のような映像構成で作られているなかなか見ごたえのある映画だった。

    しかし、二つ疑問があるのだが、スパルタ軍が壊滅したのに、何故、ペルシャ軍は即座にギリシャ全土に攻め込まなかったのだろうか?

    最後は、スパルタ軍の生き残りの兵士が、ギリシャ軍を率いて再度ペルシャにリベンジの宣戦布告をするというシーンで終わっていた。

    それから、あれだけの過酷な訓練を子供の頃から受ければ、スパルタの兵士たちは、実際にはかなり屈折した性格の残虐な男に育つのではないかと思うのだが、ストーリー上では大人になれば、皆、人情家の心優しい軍人に成長しているのが、もう一つ理解に苦しむ点ではあった。face06

    

タグ :300

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この記事へのコメント
こんにちは
おもしろいですね。
水筒に入れたものによって性格まで見えてくるような感じがします。「ウーロン茶」かぁ
甘えん坊を卒業した男の子を想像しちゃいます。
Posted by り・まんぼーり・まんぼー at 2010年05月15日 12:01
り・まんぼーさまへ>

 「ウーロン茶」のところは特別の意図もなかったのですが、やはり、「握り飯」と来たからには、「紅茶」や「ジュース」ではないだろうな・・・とは、思って書きました。

 り・まんぼーさんの目のつけどころには感心します。
 
 確かに、甘えん坊を卒業して「おれは、男だ」と、自覚し始めた少年の様子が象徴される「ウーロン茶」ですね。

 やはりその主人公をどのように描くか想像していると、自ずとそれに近い性格が見えてくるのかもしれませんね。

 小学校で文章を教える時などは、「ただ、作文を書きなさい」と、言うよりも、何が一定のルールを設けて書かせるようにすると、案外楽しく書けるものなのかもしれませんね。
 
Posted by ちよみちよみ at 2010年05月15日 12:19
水筒の中味ですが学校の指定は麦茶か水の時代だったので 型破りな感じがね…いいですね~

最近の弁当事情も驚きのメニューがあるらしいですよ。
蕎麦だのコンビニパンとか信じがたいでしょうけどね~
ハードボイルド風にアレンジできますかね… (笑)

やっぱり握り飯がしっくりきますね(笑)
Posted by り・まんぼー at 2010年05月15日 16:41
り・まんぼーさまへ>

 り・まんぼーさんの小学生時代には水筒の中身に指定があったんですね。麦茶か水ですか。本当に喉が渇いた時は、それが正解ですね。
 わたしの時代は、何でも良かったように記憶しています。そうですね。砂糖入りのコーヒーや麦茶を持ってきている子も多かったように思います。
 因みに、我が甥っ子たちは、甘くなければ緑茶でも麦茶でもウーロン茶でもいいみたいでした。
 

 それにしても、遠足のお弁当にコンビニパンやお蕎麦ですか・・・。世相を反映していますね~。遠足の時ぐらいは、お母さんの手作りお弁当を食べてみたいですけれどね。
 コンビニパンをハードボイルドにアレンジしたら、かなりニヒルで屈折したお子様事情が描けるのではないでしょうか。(笑)
Posted by ちよみちよみ at 2010年05月15日 17:21
 文体というと・・・30年弱前の『面白半分』という雑誌
だったかな?川端康成の『雪国』をハードボイルドや
川上そうくん(漢字を忘れた)などの文体で翻訳して
みせるという特集をしたことがありました。
ハードボイルド風・・・「スチームロコモービルC62は
噴煙を巻き上げながら、ベトン造りの隧道へと進んで
いった。・・・」みたいな・・・ハハハ・・・
 実家の書庫を探れば原本はでてくるはずだけど、
小説に限らずマンガにも文体に似たものがあって
売れっ子の作家は時分のスタイルを堅持している。
たとえば20世紀少年の浦沢とか毎日かあさんの
西原なんかは顕著!
読む方も『馴染んだ文体』を求めているところもあって
丁度、水戸黄門や火サスのような『型』踏襲ドラマ
のような・・・ハハハ・・・
Posted by ダッタダッタ at 2010年05月15日 18:39
ダッタさまへ>

 川端康成の「雪国」がハードボイルドですか。楽しそうですね。
 そうですね。そういう方法を積極的に学校の授業にも活用し、名作を様々なアレンジで書くというような物を取り入れても面白いかもしれません。

 漫画にもそれぞれの作家の独自の文体があるんですね。わたしは、最近はあまり劇画は読まないのですが、そういえば、誰々の文章が好きだから読むとか、絵が好きだから真似をして描いてみると、いうことが子供の頃にはありました。
 自分の感性に合致していたのでしょうね。
 ダッタさんの漫画も、そういう意味ではしっかりと個性を発揮しているように思えます。コマ割りのリズム感などは、素人に簡単に真似の出来るものではないと思います。

 正に、「水戸黄門」も、そういう独自のスタイルを貫き通しているからこそ、長寿番組の王道を突き進んでいるのでしょうね。
 
Posted by ちよみちよみ at 2010年05月15日 19:45
こんにちは。

思い切って接続詞を削るとホントすっきりするんですよね。

生徒の作文の欠点はいろいろありますが、まずは1文が長いことと接続詞が多すぎること。それもやたらに「なので」「なのに」という話し言葉を多用するので、しょっちゅう注意しています。

川端康成の文なんて、みごとに洗練されていて余分な言葉が全くなく、芸術だと思います。「雪国」の冒頭の2文、特に2番目の「夜の底が白くなった。」には惚れ惚れしてしまいます。

椎名誠氏がこんなことを書いていました。
日本の学校では作文に感想を入れさせたがる。子どもにいきなり感想を書けなんて無理で、まずは観察・描写・報告から始めるべき...。
全く同感で、塾で実践しています。
Posted by どーもオリゴ糖どーもオリゴ糖 at 2010年05月16日 09:28
どーもオリゴ糖さまへ>

 接続詞は、確かに文章のリズム感や判りやすさを阻害する要因かもしれませんね。会話には、この接続詞が不可欠ですから、書き言葉にもこれを使ってしまう子供さんが多いのでしょう。

 川端康成の文章が芸術的なのは、そういう無駄を極力はぶいたがための美しさなのですね。そういうところに特に着目して名作を読み返してみると、また、新しい発見がありそうです。

 そうですね。
 子供には、まず文章で描写させることが必要ですね。絵画のデッサンと同じですね。目で見たり耳で聞いたりしたことをありのままに文章に起こす。
 感想は、それから後のことでいいと思います。

 警察の刑事さんたちが自分たちの扱った事件を仮名や仮の住所を使って小説風に書いている本が、警察官だけの間で読まれているのですが、これを読んでみると、実に状況描写がうまいことに気が付きます。供述調書や事件報告書を書くには、正確さが何より重要ですから、無駄のない書き方が自然と身についているのでしょうね。
Posted by ちよみちよみ at 2010年05月16日 10:46
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