~ 炎 の 氷 壁 ~ ④
2009年02月19日
雄介は、これから実際にスキーパトロール員としての一日目がスタートするのだと考えると、柄にもなく武者ぶるいが走るような緊張感にさえ襲われた。そんな逸る気持ちをスポーツ用サングラスの下に押し隠して、雄介は初仕事に臨むべく、ゲレンデへの第一歩を、白銀の絨毯に刻んだのであった。
志賀高原横手山スカイパークスキー場は、海抜二千三百五メートルの横手山山頂からの本格的ダウンヒルが楽しめる巨大で変化に富んだコース設定が自慢のスキー場である。積雪、雪質ともに抜群のゲレンデには、初心者用から上級者用までスキー技術の段階に応じたコースが完備されており、横手山東側につながる春スキーのメッカで同スキー場に付属する渋峠(しぶとうげ)スキー場も加えると、その索道機(スキーリフト)数は、全十基。晴れた日の山頂からの眺望も折り紙つきで、北アルプスはもちろん、遠く佐渡ヶ島や富士山をも視界に収めることが出来るのであった。
この広大なスキーエリアのすべてが、雄介たち横手山スカイパーク・スキーパトロール本部所属のスキーパトロール員に課せられた、謂わば管轄区域なのであり、彼らは、たった十人足らずの監視体制で、全域を隈なくカバーしなければならない責任を負っているのである。無論、冬季のみの短期雇用ではあるが、ボランティアという訳ではないので、無給奉仕ではないにせよ、かなりに重労働であることに変わりはない。これまでにも、寒さと疲労、そのうえ高地における生活といった悪条件が重なったために体調を崩し、三日と持たずに職場退去(リタイア)したスキーパトロール員さえもいるというほど、過酷な仕事であることも事実であった。
それだけに、性根を据えてかからねばならない仕事であることは、雄介も、パトロール員研修の期間中から担当教官により、徹底して頭に叩き込まれていたのであった。
時任パトロール員は、まず、雄介をスキーリフトに乗せると、自らも一緒に横手山山頂を目指した。山頂の風雪も既に峠は越していたが、未だ時折吹きつける突風はたちまち白濁たる渦を巻いて、茫漠と眼界を遮って行く。時任は、リフトから降り立つなり、背後にいる雄介を振り返った。
「リフトからゲレンデを見ていて、何か気付いたことはなかったか?」
時任の、如何にも新米を試すかのような口振りに、やや戸惑いながらも、
「別に何も・・・・・」
雄介は、言葉少なに答える。サングラスの薄茶色のレンズの奥に光る時任の目は、雄介のそんな当惑を完全に見抜いていた。と、次の瞬間、
「付いて来い!」
時任は、一声かけるや否や、片方の足に履いたスキー板を後ろへ蹴り上げるようにして、パウダースノーの新雪を蹴散らしながら、凄まじいスピードで急斜面を滑降し始めた。その姿は、今まさに獲物を追い詰めて食らい付かんとしている猛獣を、雄介に連想させた。そして、雄介自身もまた時任に後れを取ってはなるまいと、まだ一般スキーヤーたちに荒らされていないまっさらな雪の斜面に身を躍らせて行った。
やがて、前方を滑走していた時任のスキー板が、激しく雪煙を撒き散らして大胆な急制動を掛けた。雄介も慌ててそれに倣うと、立ち止まった時任が、おもむろに右手の側のストックを上げ、立ち入り禁止区域となっている尾根伝いの雪庇(せっぴ)のあたりを指し示す。見るとそこには、事故防止のための立ち入り禁止を表すロープを潜ってゲレンデ外の斜面へ滑り降りたものか、幅広の板でつけられたと思われる滑走痕が三本、くっきりと記されていたのであった。
その滑走痕の先に目をやると、そこには、十七、八歳と思しい三人の少年が、スノーボードを各々の傍らに置き、雪の上にしゃがみ込んでいる。三人は、雄介たちの存在にはまったく気付く素振りもなく、一本のペットボトル入りの清涼飲料水を回し飲みながら、時々奇声にも似たけたたましい笑い声を発していた。
そんな少年たちのあまりに危なっかしい無防備な様子を、ほとんど呆れ顔で眺めていた雄介に向かい、
「あのバカ者どもに、ゲレンデ内に戻るように言え」
時任が、不意打ち的に命ずる。
「-----おれが、ですか?」
躊躇いを匂わす雄介に、時任は、早く連中のそばへ行って説得しろと言わんばかりに、涼しい顔で顎をしゃくる。雄介は、不承不承のまま立ち入り防止用のロープを潜って少年たちの方へ静かに近付くと、出来る限り相手を刺激しないように言葉を選びながら、努めて穏やかな口調で話しかけた。
「おい、きみたち、その場所は危険区域だぞ。雪庇はいつ崩れるか判らないから、今すぐ戻りなさい」
<この小説はフィクションです。登場する人物名及び団体名は、すべて架空の物ですので、ご了承下さい>
「今日の信濃グランセローズ選手」-----小高 大輔 投手
歌が抜群にうまい、チームのムードメーカー。新潟アルビレックスや福井ミラクルエレファンツなどの名前の由来にも詳しい才知の青年で、気配りも長けているハンサムガイ。今や、グランセローズの顔とも言うべき選手の一人です。
**写真は、都合により削除致しました。**

志賀高原横手山スカイパークスキー場は、海抜二千三百五メートルの横手山山頂からの本格的ダウンヒルが楽しめる巨大で変化に富んだコース設定が自慢のスキー場である。積雪、雪質ともに抜群のゲレンデには、初心者用から上級者用までスキー技術の段階に応じたコースが完備されており、横手山東側につながる春スキーのメッカで同スキー場に付属する渋峠(しぶとうげ)スキー場も加えると、その索道機(スキーリフト)数は、全十基。晴れた日の山頂からの眺望も折り紙つきで、北アルプスはもちろん、遠く佐渡ヶ島や富士山をも視界に収めることが出来るのであった。
この広大なスキーエリアのすべてが、雄介たち横手山スカイパーク・スキーパトロール本部所属のスキーパトロール員に課せられた、謂わば管轄区域なのであり、彼らは、たった十人足らずの監視体制で、全域を隈なくカバーしなければならない責任を負っているのである。無論、冬季のみの短期雇用ではあるが、ボランティアという訳ではないので、無給奉仕ではないにせよ、かなりに重労働であることに変わりはない。これまでにも、寒さと疲労、そのうえ高地における生活といった悪条件が重なったために体調を崩し、三日と持たずに職場退去(リタイア)したスキーパトロール員さえもいるというほど、過酷な仕事であることも事実であった。
それだけに、性根を据えてかからねばならない仕事であることは、雄介も、パトロール員研修の期間中から担当教官により、徹底して頭に叩き込まれていたのであった。
時任パトロール員は、まず、雄介をスキーリフトに乗せると、自らも一緒に横手山山頂を目指した。山頂の風雪も既に峠は越していたが、未だ時折吹きつける突風はたちまち白濁たる渦を巻いて、茫漠と眼界を遮って行く。時任は、リフトから降り立つなり、背後にいる雄介を振り返った。
「リフトからゲレンデを見ていて、何か気付いたことはなかったか?」
時任の、如何にも新米を試すかのような口振りに、やや戸惑いながらも、
「別に何も・・・・・」
雄介は、言葉少なに答える。サングラスの薄茶色のレンズの奥に光る時任の目は、雄介のそんな当惑を完全に見抜いていた。と、次の瞬間、
「付いて来い!」
時任は、一声かけるや否や、片方の足に履いたスキー板を後ろへ蹴り上げるようにして、パウダースノーの新雪を蹴散らしながら、凄まじいスピードで急斜面を滑降し始めた。その姿は、今まさに獲物を追い詰めて食らい付かんとしている猛獣を、雄介に連想させた。そして、雄介自身もまた時任に後れを取ってはなるまいと、まだ一般スキーヤーたちに荒らされていないまっさらな雪の斜面に身を躍らせて行った。
やがて、前方を滑走していた時任のスキー板が、激しく雪煙を撒き散らして大胆な急制動を掛けた。雄介も慌ててそれに倣うと、立ち止まった時任が、おもむろに右手の側のストックを上げ、立ち入り禁止区域となっている尾根伝いの雪庇(せっぴ)のあたりを指し示す。見るとそこには、事故防止のための立ち入り禁止を表すロープを潜ってゲレンデ外の斜面へ滑り降りたものか、幅広の板でつけられたと思われる滑走痕が三本、くっきりと記されていたのであった。
その滑走痕の先に目をやると、そこには、十七、八歳と思しい三人の少年が、スノーボードを各々の傍らに置き、雪の上にしゃがみ込んでいる。三人は、雄介たちの存在にはまったく気付く素振りもなく、一本のペットボトル入りの清涼飲料水を回し飲みながら、時々奇声にも似たけたたましい笑い声を発していた。
そんな少年たちのあまりに危なっかしい無防備な様子を、ほとんど呆れ顔で眺めていた雄介に向かい、
「あのバカ者どもに、ゲレンデ内に戻るように言え」
時任が、不意打ち的に命ずる。
「-----おれが、ですか?」
躊躇いを匂わす雄介に、時任は、早く連中のそばへ行って説得しろと言わんばかりに、涼しい顔で顎をしゃくる。雄介は、不承不承のまま立ち入り防止用のロープを潜って少年たちの方へ静かに近付くと、出来る限り相手を刺激しないように言葉を選びながら、努めて穏やかな口調で話しかけた。
「おい、きみたち、その場所は危険区域だぞ。雪庇はいつ崩れるか判らないから、今すぐ戻りなさい」
<この小説はフィクションです。登場する人物名及び団体名は、すべて架空の物ですので、ご了承下さい>
「今日の信濃グランセローズ選手」-----小高 大輔 投手
歌が抜群にうまい、チームのムードメーカー。新潟アルビレックスや福井ミラクルエレファンツなどの名前の由来にも詳しい才知の青年で、気配りも長けているハンサムガイ。今や、グランセローズの顔とも言うべき選手の一人です。
**写真は、都合により削除致しました。**
Posted by ちよみ at 11:46│Comments(2)
│~ 炎 の 氷 壁 ~
この記事へのコメント
おはようございます。
小説、次回の展開楽しみです。
はたして、少年達の態度は・・・
小高投手 アップでも とても凛々しいですね。サインもカッコイイです。
小説、次回の展開楽しみです。
はたして、少年達の態度は・・・
小高投手 アップでも とても凛々しいですね。サインもカッコイイです。
Posted by 艶や華
at 2009年02月20日 08:59

艶や華さまへ>
こんにちは。
ご感想ありがとうございます!
こちらの地元では、「スキーで転んでけがをしたら整骨院でいいが、スノーボードで転んでけがをしたら、即、脳外科へ行け」
と、よく言われます。それだけ、スノーボードは、気軽に楽しめるものの、負傷をした時のリスクが高いスポーツだということなのでしょうね。
小高選手は、わたしも大好きな選手の一人です。実にハンサムで、さわやかな好青年です。「こちらは田舎で驚いたでしょう?」と、訊きますと、「いいえ、ぼくのいた大学も似たようなところでしたから、違和感ありませんよ」と、気配りのある答えが返ってきて、感心しました。もちろん、NPBへ行って活躍して欲しいのは山々ですが、ファンとしては、ちょっと複雑な心境でもありますね。
こんにちは。
ご感想ありがとうございます!
こちらの地元では、「スキーで転んでけがをしたら整骨院でいいが、スノーボードで転んでけがをしたら、即、脳外科へ行け」
と、よく言われます。それだけ、スノーボードは、気軽に楽しめるものの、負傷をした時のリスクが高いスポーツだということなのでしょうね。
小高選手は、わたしも大好きな選手の一人です。実にハンサムで、さわやかな好青年です。「こちらは田舎で驚いたでしょう?」と、訊きますと、「いいえ、ぼくのいた大学も似たようなところでしたから、違和感ありませんよ」と、気配りのある答えが返ってきて、感心しました。もちろん、NPBへ行って活躍して欲しいのは山々ですが、ファンとしては、ちょっと複雑な心境でもありますね。
Posted by ちよみ
at 2009年02月20日 11:24

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