~ 炎 の 氷 壁 ~ ⑮
2009年03月03日
そして、雄介が、何やら言葉に表すことさえ憚られるような、ある種異様とも映る光景を目撃することになったのは、その日の夜も更けた頃であった。
宿舎としているホテルの自室でベッドには入ったものの、何故かすんなりとは寝付けずにいた雄介は、何となく喉の渇きを覚えて、ロビーに設置されている自動販売機でスポーツ飲料でも買って来ようと、既に館内の照明も最小限まで落とされた廊下を、パジャマ姿のままで、階段を使って一階へと降りて行った。すると、薄明かりが漏れる寂静としたロビー脇のラウンジの一隅に、かすかに人の気配があった。それに気付いた途端、雄介は、そちらの空間を漂う雰囲気に、何とも形容し難い陰鬱な臭気の如きものを直感的に嗅ぎ取るや、とっさに物陰へと身を寄せ、それから改めてそちらの様子を密かにうかがった。
ラウンジのマントルピースの前のソファーに埋(うず)もれるような体勢で、頭をやや左の方へ傾け加減にじっと目を閉じているのは、時任圭吾である。一日の激務の疲れが出て、ついこのような場所で眠り込んでしまったのであろう。その彫像の如く引き締まった顔を、マントルピースの中でちろちろと燃える小さな炎が、オレンジ色に照らし出している。
もつれた運命の糸を懸命にほぐさんと悪夢の中で格闘を続けてでもいるのか、時任の眉間には、わずかに苦悶の皺(しわ)が刻まれている。身体は、微動だにせず、静かな寝息を立てている彼の首筋には、厳寒の候にもかかわらず、うっすらと汗が光っていた。
そんな無防備な時任の表情を、その傍らで、男が一人じっと見詰めている。それは、まるで愛しい恋人でも眺めるかのように注視して佇む、野田開作の姿であった。熱っぽくからみつくとでも表現出来るほどの執着的な視線を時任に投げかける野田の薄い唇には、何処か怪しげな微笑が一はけ浮かんでいたが、やがて、その唇は、極めて低い小声で、独り言を呟き始めた。
雄介は、野田の一言半句も聞き損じるまいと、物陰から耳をそばだてる。野田は、時任の寝顔に、今にも自らの頬を擦り寄せるのではないかと思われるほどに、やるせなさそうな鬱影を面(おもて)に宿しながら、忍びやかに囁く。
「------時任、おれは、お前のためなら何でもするからな。たとえ、それが、天の摂理に背く大罪であろうと、厭(いと)いはしない。あの夏の日、お前にこの命を救われた時、おれは、自分自身に誓ったんだ。お前に何が起ころうとも、お前の身は必ずおれが守ると・・・・。だから、安心して眠れ。そうさ、お前には、おれが必要なんだ。お前は、決しておれから離れられない。おれを裏切れない。おれは、既に、悪魔に魂を売り渡した男なのだからな・・・・・」
不可解な言葉を、呪文でも唱えるような口ぶりで吐息とともに独ごちた野田は、それからおもむろに、時任の首筋に滲んだ汗をその人差し指で静かに拭い取る仕種をする。
「・・・・・・・・!?」
雄介は、目の前で行われている情景が、現実のものとは俄には信じられない異様な感覚に捉われて、不意に声を上げかけ、慌てて掌(てのひら)で自分の口を塞いだ。次の瞬間、野田の眼球がぎょろりと動いたかと思うと、蛇が鎌首をもたげるように、闇に紛れて息を殺す自分の方へと向けられ、その口許には、不気味に歪んだ冷笑さえ浮かんでいるように雄介には思えた。だが、それは、雄介の中の逆上が描いた、ただの幻覚だったのかもしれない。
いずれにせよ、雄介は、たった今目にし、耳にした出来事のすべてを記憶の奥底へと封印してしまいたい衝動にかられつつ、込み上げる胸の悪さと動悸を堪え、ホテル二階の自室へと戻った。もはや、喉が渇いていたことなど、念頭から吹き飛んでいた。雄介は、室内の灯りを消すと、そのままのめるようにしてベッドに倒れ込むなり、総身を走る震えに必死で抗いながら、野田の発した奇妙な言葉の意味を、彼なりに考えてみた。
天の摂理に背く大罪とは何なのか・・・・?悪魔に魂を売り渡したとはどういうことなのか・・・・?ただ、一つはっきりとしたことは、野田の時任に対する思いが、単なる友人に対する気持ち以上に、かけ離れて強いということであった。それも、尋常な執着心ではない。あの二人の間の過去にはいったい何があったのか-------?
雄介は、そうした疑問の数々を、頭の中で繰り返し考え続けたあげく、まんじりともせずに朝を迎えることとなってしまったのである。
<この小説はフィクションです。登場する人物名及び団体名は、すべて架空の物ですので、ご了承下さい>
~今日の雑感~
「白球入魂」------今年の信濃グランセローズのスローガンとのこと。ちょっと、高校野球の精神のようですが、初心に帰るという今久留主監督の意気込みには、ふさわしい言葉とも言えます。球春到来!春のキャンプも始まり、クラシックスタイルのソックスの赤が、何とも鮮やかで頼もしく見える選手の面々。中野市内にある神社での必勝祈願が実り、秋には監督の胴上げが見られることを祈念してやみません。
ところで、ピッチャーの佐藤広樹選手と、現在石川ミリオンスターズの選手となっている平泉悠選手とは、同じ東京都出身ですが、少年野球のチームメイトでもあったそうです。その後二人は、高校、大学、社会人と、全く別々の道を歩んでいましたが、偶然にもBCリーグ発足に際しての入団テストで再び顔を合せ、しかも、同じ信濃グランセローズに入団することが決まった時は、「本当に驚いた」と、平泉選手は語っていました。「ぼくは、捕手ですから、佐藤君の球を受けるのが希望なんです。二人でバッテリーが組めたら最高なんですけれど・・・・」と、話していた平泉選手。今は、またお互いに別々の球団でライバルとして競うことになってしまいましたが、投手としての素質に恵まれた佐藤選手と、長距離スラッガーの平泉選手、------NPBへの夢がかない、いつか二人でバッテリーを組む日が来ることを、わたしも願っています。
「今日のベースボールキャップ」-------『信濃グランセローズ』
宿舎としているホテルの自室でベッドには入ったものの、何故かすんなりとは寝付けずにいた雄介は、何となく喉の渇きを覚えて、ロビーに設置されている自動販売機でスポーツ飲料でも買って来ようと、既に館内の照明も最小限まで落とされた廊下を、パジャマ姿のままで、階段を使って一階へと降りて行った。すると、薄明かりが漏れる寂静としたロビー脇のラウンジの一隅に、かすかに人の気配があった。それに気付いた途端、雄介は、そちらの空間を漂う雰囲気に、何とも形容し難い陰鬱な臭気の如きものを直感的に嗅ぎ取るや、とっさに物陰へと身を寄せ、それから改めてそちらの様子を密かにうかがった。
ラウンジのマントルピースの前のソファーに埋(うず)もれるような体勢で、頭をやや左の方へ傾け加減にじっと目を閉じているのは、時任圭吾である。一日の激務の疲れが出て、ついこのような場所で眠り込んでしまったのであろう。その彫像の如く引き締まった顔を、マントルピースの中でちろちろと燃える小さな炎が、オレンジ色に照らし出している。
もつれた運命の糸を懸命にほぐさんと悪夢の中で格闘を続けてでもいるのか、時任の眉間には、わずかに苦悶の皺(しわ)が刻まれている。身体は、微動だにせず、静かな寝息を立てている彼の首筋には、厳寒の候にもかかわらず、うっすらと汗が光っていた。
そんな無防備な時任の表情を、その傍らで、男が一人じっと見詰めている。それは、まるで愛しい恋人でも眺めるかのように注視して佇む、野田開作の姿であった。熱っぽくからみつくとでも表現出来るほどの執着的な視線を時任に投げかける野田の薄い唇には、何処か怪しげな微笑が一はけ浮かんでいたが、やがて、その唇は、極めて低い小声で、独り言を呟き始めた。
雄介は、野田の一言半句も聞き損じるまいと、物陰から耳をそばだてる。野田は、時任の寝顔に、今にも自らの頬を擦り寄せるのではないかと思われるほどに、やるせなさそうな鬱影を面(おもて)に宿しながら、忍びやかに囁く。
「------時任、おれは、お前のためなら何でもするからな。たとえ、それが、天の摂理に背く大罪であろうと、厭(いと)いはしない。あの夏の日、お前にこの命を救われた時、おれは、自分自身に誓ったんだ。お前に何が起ころうとも、お前の身は必ずおれが守ると・・・・。だから、安心して眠れ。そうさ、お前には、おれが必要なんだ。お前は、決しておれから離れられない。おれを裏切れない。おれは、既に、悪魔に魂を売り渡した男なのだからな・・・・・」
不可解な言葉を、呪文でも唱えるような口ぶりで吐息とともに独ごちた野田は、それからおもむろに、時任の首筋に滲んだ汗をその人差し指で静かに拭い取る仕種をする。

「・・・・・・・・!?」
雄介は、目の前で行われている情景が、現実のものとは俄には信じられない異様な感覚に捉われて、不意に声を上げかけ、慌てて掌(てのひら)で自分の口を塞いだ。次の瞬間、野田の眼球がぎょろりと動いたかと思うと、蛇が鎌首をもたげるように、闇に紛れて息を殺す自分の方へと向けられ、その口許には、不気味に歪んだ冷笑さえ浮かんでいるように雄介には思えた。だが、それは、雄介の中の逆上が描いた、ただの幻覚だったのかもしれない。
いずれにせよ、雄介は、たった今目にし、耳にした出来事のすべてを記憶の奥底へと封印してしまいたい衝動にかられつつ、込み上げる胸の悪さと動悸を堪え、ホテル二階の自室へと戻った。もはや、喉が渇いていたことなど、念頭から吹き飛んでいた。雄介は、室内の灯りを消すと、そのままのめるようにしてベッドに倒れ込むなり、総身を走る震えに必死で抗いながら、野田の発した奇妙な言葉の意味を、彼なりに考えてみた。
天の摂理に背く大罪とは何なのか・・・・?悪魔に魂を売り渡したとはどういうことなのか・・・・?ただ、一つはっきりとしたことは、野田の時任に対する思いが、単なる友人に対する気持ち以上に、かけ離れて強いということであった。それも、尋常な執着心ではない。あの二人の間の過去にはいったい何があったのか-------?
雄介は、そうした疑問の数々を、頭の中で繰り返し考え続けたあげく、まんじりともせずに朝を迎えることとなってしまったのである。
<この小説はフィクションです。登場する人物名及び団体名は、すべて架空の物ですので、ご了承下さい>
~今日の雑感~
「白球入魂」------今年の信濃グランセローズのスローガンとのこと。ちょっと、高校野球の精神のようですが、初心に帰るという今久留主監督の意気込みには、ふさわしい言葉とも言えます。球春到来!春のキャンプも始まり、クラシックスタイルのソックスの赤が、何とも鮮やかで頼もしく見える選手の面々。中野市内にある神社での必勝祈願が実り、秋には監督の胴上げが見られることを祈念してやみません。
ところで、ピッチャーの佐藤広樹選手と、現在石川ミリオンスターズの選手となっている平泉悠選手とは、同じ東京都出身ですが、少年野球のチームメイトでもあったそうです。その後二人は、高校、大学、社会人と、全く別々の道を歩んでいましたが、偶然にもBCリーグ発足に際しての入団テストで再び顔を合せ、しかも、同じ信濃グランセローズに入団することが決まった時は、「本当に驚いた」と、平泉選手は語っていました。「ぼくは、捕手ですから、佐藤君の球を受けるのが希望なんです。二人でバッテリーが組めたら最高なんですけれど・・・・」と、話していた平泉選手。今は、またお互いに別々の球団でライバルとして競うことになってしまいましたが、投手としての素質に恵まれた佐藤選手と、長距離スラッガーの平泉選手、------NPBへの夢がかない、いつか二人でバッテリーを組む日が来ることを、わたしも願っています。
「今日のベースボールキャップ」-------『信濃グランセローズ』
Posted by ちよみ at 10:39│Comments(0)
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