~ 炎 の 氷 壁 ~ ⑥
2009年02月22日
「そいつァ、頼もしいな-------」
時任が苦笑交じりの笑みを浮かべた時である。彼の腰に巻かれているホルダーベルトに納められた携帯無線通話機(トランシーバー)から、スキーパトロール本部の高木主任の声で、業務連絡の緊急通報が流れた。当スキー場の第二Bリフトから、男性スキーヤー一人が落下し、けがをしている可能性もあるので、神崎パトロール員に橇(そり)担架を持たせて現場へ向かわせたが、近辺を巡回中のパトロール員がいたら、至急合流するようにとの指令であった。
「第二リフトなら、このすぐ先ですね」
雄介の言葉が終らぬうちに、時任は手早く腰のホルダーから携帯無線機を取り出し、今から雄介と二人で現場まで急行する旨を、本部へ連絡した。
雄介が、時任と共に事故が起きたとされる横手山スカイパークスキー場の第二Bリフト下の現場付近へ到着した時には、早くもゲレンデの上には数人のスキーヤーが集まっていて、野次馬よろしく抉(えぐ)れるように一段低くなったスキーリフト下斜面を見下ろしているところであった。そこは、運悪く、ちょうどセーフティーネット(安全網)が途切れた場所でもあり、男性スキーヤーは、直接雪面へと叩き付けられてしまったものと思われる。
雄介と時任は、急ぎその場でスキー板を脱ぐと、歩いて土手下へ向かい、深い雪に埋もれ込む形で仰向けに倒れている一人の若い男性のもとへと近付いた。そこに、神崎パトロール員の姿は、まだない。倒れている若者の傍らに、年齢二十五、六歳の女性が一人、スキー板を履いたまま、若者を見守りつつ佇立しているだけである。
「あなたが、事故を教えて下さったんですね?」
雄介の問いかけに、女性は、通り掛かりに偶然スキーリフトから人が落ちるのを目撃したので、常時持っている携帯電話でスキーパトロール本部へ通報したのだという事情を、顔色一つ変えることなく整然と説明する。だが、彼女のその瞳は、質問している雄介にではなく、何故か時任の方へと、何処か名状しがたいような冷徹さすら底に秘めた暗渋のごとき色を宿して、投じられていた。
そんなことには気付くはずもない時任は、落下事故を起こした若者への救助処置を速やかに開始する。優に、地上十メートル以上はあろうかと思われる所から落ちた割には、積もったばかりの深雪が運よくクッションの役目を果して、若者は命にも別状はない様子で、意識も鮮明であった。しかし、時任が若者に姓名を訊ねようと顔を近寄らせた際、強い酒気が鼻を衝いた。
「きみ、酒を飲んでいるな?」
時任が訊くと、若者は、身体中の痛みに顔をしかめながらも、
「------ウイスキーのお湯割りと地酒を少々。そう目くじらを立てるほどの量じゃありませんよ。それとも、酒を飲んでスキーをやれば、飲酒運転者同様に切符でも切られるんですかね?」
と、以前寝そべったままの体勢で、薄ら笑いを口元に這わせる。減らず口を叩きやがってと、一睨みした時任が、若者の足から、未だに履いたままのスキー板を取り外そうとバインディングに手を触れた瞬間、
「ぎゃっ!」
若者が、鋭い悲鳴を発した。声に驚いて振り向く雄介に、時任は、手を貸すように言う。
「こいつァ、骨折している可能性大だな・・・・。慎重に扱えよ」
時任の指示で、二人がかりでようやく両足のスキー板を外し、次いでスキー靴をも脱がしたところへ、ようやく、神崎が橇担架を抱えて現れた。彼女の隣には、可児パトロール員の姿もある。
時任は、神崎たちに若者を麓のスキーパトロール本部まで搬送する準備を任せ、自分は本部への携帯無線機による状況報告にかかった。
「高木主任、時任です。神崎と可児もたった今現場へ到着しました。落下したスキーヤーは、二十三歳男性。転落時の衝撃で、頸(くび)と背中と両足に痛み。右足首は骨折の疑いあり。感覚、運動機能、現在のところ正常。意識もあります。但し、多めのアルコールを摂取している模様。ただちに救急車の手配を願います。以上」
実に、的確かつ板についたスキーパトロール員ぶりの時任の連絡内容であった。尊敬と羨望の入り交じった眼差しを、自分自身でも気付かぬうちに時任の背中へと注いでいた雄介の耳元で、可児がそっと囁く。
「時任さんは、ああ見えて現役の外科医なんですよ。ご自身の口からは、決してしゃべりませんがね」
「本当かい!?でも、どうして医者がこんな仕事を-------?」
雄介が、驚きと疑問の声を発した途端、
「おい、通報者の住所と氏名は控えたのか?」
時任の野太い声が飛んだ。負傷者の方へ掛りきりになっていたことで、つい女性通報者の存在を念頭より外してしまっていた雄介は、自らの不手際を恥じると同時に、慌てて周囲を見回したが、既に、滑り去って行ってしまったものらしく、彼女の姿は影も形もなかった。参ったなと、臍(ほぞ)を噛む雄介に、俄に救いの手を差し伸べたのは、神崎であった。
「------心配いらないわよ。わたし、あの娘(こ)なら知っているから」
そう言って、女性の滑り去った方角に双眸を凝らした。
<この小説はフィクションです。登場する人物名及び団体名は、すべて架空の物ですので、ご了承下さい>
~今日の雑感~
地元の新聞に、中野市内にある浜津ヶ池公園市民センターの友遊館という所で、信濃グランセローズの選手たちと子供たちが参加しての「そば打ち交流会」の記事が掲載されていました。
高田周平選手や小高大輔選手らが、子供たちと楽しそうに、そば打ちやそば切りの体験をしている様子が写真付きで紹介されています。小高選手は、小学校低学年と思われる男の子の手に自分の手を添えて、そばを切る指導をしていて、その優しい表情が、何とも印象的な写真です。男の子も嬉しそうで、その手元をのぞき込むもう一人の男の子の顔つきも、真剣です。
参加者たちの和やかな交流風景が伝わって来る、良い記事でした。
(諸事情により、新聞記事の添付写真を載せられないのが、何とも残念です。)
時任が苦笑交じりの笑みを浮かべた時である。彼の腰に巻かれているホルダーベルトに納められた携帯無線通話機(トランシーバー)から、スキーパトロール本部の高木主任の声で、業務連絡の緊急通報が流れた。当スキー場の第二Bリフトから、男性スキーヤー一人が落下し、けがをしている可能性もあるので、神崎パトロール員に橇(そり)担架を持たせて現場へ向かわせたが、近辺を巡回中のパトロール員がいたら、至急合流するようにとの指令であった。
「第二リフトなら、このすぐ先ですね」
雄介の言葉が終らぬうちに、時任は手早く腰のホルダーから携帯無線機を取り出し、今から雄介と二人で現場まで急行する旨を、本部へ連絡した。

雄介が、時任と共に事故が起きたとされる横手山スカイパークスキー場の第二Bリフト下の現場付近へ到着した時には、早くもゲレンデの上には数人のスキーヤーが集まっていて、野次馬よろしく抉(えぐ)れるように一段低くなったスキーリフト下斜面を見下ろしているところであった。そこは、運悪く、ちょうどセーフティーネット(安全網)が途切れた場所でもあり、男性スキーヤーは、直接雪面へと叩き付けられてしまったものと思われる。
雄介と時任は、急ぎその場でスキー板を脱ぐと、歩いて土手下へ向かい、深い雪に埋もれ込む形で仰向けに倒れている一人の若い男性のもとへと近付いた。そこに、神崎パトロール員の姿は、まだない。倒れている若者の傍らに、年齢二十五、六歳の女性が一人、スキー板を履いたまま、若者を見守りつつ佇立しているだけである。
「あなたが、事故を教えて下さったんですね?」
雄介の問いかけに、女性は、通り掛かりに偶然スキーリフトから人が落ちるのを目撃したので、常時持っている携帯電話でスキーパトロール本部へ通報したのだという事情を、顔色一つ変えることなく整然と説明する。だが、彼女のその瞳は、質問している雄介にではなく、何故か時任の方へと、何処か名状しがたいような冷徹さすら底に秘めた暗渋のごとき色を宿して、投じられていた。
そんなことには気付くはずもない時任は、落下事故を起こした若者への救助処置を速やかに開始する。優に、地上十メートル以上はあろうかと思われる所から落ちた割には、積もったばかりの深雪が運よくクッションの役目を果して、若者は命にも別状はない様子で、意識も鮮明であった。しかし、時任が若者に姓名を訊ねようと顔を近寄らせた際、強い酒気が鼻を衝いた。
「きみ、酒を飲んでいるな?」
時任が訊くと、若者は、身体中の痛みに顔をしかめながらも、

「------ウイスキーのお湯割りと地酒を少々。そう目くじらを立てるほどの量じゃありませんよ。それとも、酒を飲んでスキーをやれば、飲酒運転者同様に切符でも切られるんですかね?」
と、以前寝そべったままの体勢で、薄ら笑いを口元に這わせる。減らず口を叩きやがってと、一睨みした時任が、若者の足から、未だに履いたままのスキー板を取り外そうとバインディングに手を触れた瞬間、
「ぎゃっ!」
若者が、鋭い悲鳴を発した。声に驚いて振り向く雄介に、時任は、手を貸すように言う。
「こいつァ、骨折している可能性大だな・・・・。慎重に扱えよ」
時任の指示で、二人がかりでようやく両足のスキー板を外し、次いでスキー靴をも脱がしたところへ、ようやく、神崎が橇担架を抱えて現れた。彼女の隣には、可児パトロール員の姿もある。
時任は、神崎たちに若者を麓のスキーパトロール本部まで搬送する準備を任せ、自分は本部への携帯無線機による状況報告にかかった。
「高木主任、時任です。神崎と可児もたった今現場へ到着しました。落下したスキーヤーは、二十三歳男性。転落時の衝撃で、頸(くび)と背中と両足に痛み。右足首は骨折の疑いあり。感覚、運動機能、現在のところ正常。意識もあります。但し、多めのアルコールを摂取している模様。ただちに救急車の手配を願います。以上」
実に、的確かつ板についたスキーパトロール員ぶりの時任の連絡内容であった。尊敬と羨望の入り交じった眼差しを、自分自身でも気付かぬうちに時任の背中へと注いでいた雄介の耳元で、可児がそっと囁く。
「時任さんは、ああ見えて現役の外科医なんですよ。ご自身の口からは、決してしゃべりませんがね」
「本当かい!?でも、どうして医者がこんな仕事を-------?」
雄介が、驚きと疑問の声を発した途端、
「おい、通報者の住所と氏名は控えたのか?」
時任の野太い声が飛んだ。負傷者の方へ掛りきりになっていたことで、つい女性通報者の存在を念頭より外してしまっていた雄介は、自らの不手際を恥じると同時に、慌てて周囲を見回したが、既に、滑り去って行ってしまったものらしく、彼女の姿は影も形もなかった。参ったなと、臍(ほぞ)を噛む雄介に、俄に救いの手を差し伸べたのは、神崎であった。
「------心配いらないわよ。わたし、あの娘(こ)なら知っているから」
そう言って、女性の滑り去った方角に双眸を凝らした。
<この小説はフィクションです。登場する人物名及び団体名は、すべて架空の物ですので、ご了承下さい>
~今日の雑感~
地元の新聞に、中野市内にある浜津ヶ池公園市民センターの友遊館という所で、信濃グランセローズの選手たちと子供たちが参加しての「そば打ち交流会」の記事が掲載されていました。
高田周平選手や小高大輔選手らが、子供たちと楽しそうに、そば打ちやそば切りの体験をしている様子が写真付きで紹介されています。小高選手は、小学校低学年と思われる男の子の手に自分の手を添えて、そばを切る指導をしていて、その優しい表情が、何とも印象的な写真です。男の子も嬉しそうで、その手元をのぞき込むもう一人の男の子の顔つきも、真剣です。
参加者たちの和やかな交流風景が伝わって来る、良い記事でした。
(諸事情により、新聞記事の添付写真を載せられないのが、何とも残念です。)
Posted by ちよみ at 11:32│Comments(0)
│~ 炎 の 氷 壁 ~
※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。