~ 炎 の 氷 壁 ~ ⑧

 そこへ高木主任が、寒気(かんき)の帳(とばり)が降りた暮色の屋外から、赤黒く凍りつくばかりに冷え切った頬を両の掌(たなごころ)でごしごしと擦りながら、戻って来た。そして部屋へ入るなり、天井の照明を付ける。彼は、室内に漂うコーヒーの香りに気付くと、自分にも一杯注(つ)いでほしいと催促し、ストーブに身体を擦り付けるような仕種で暖をとる。コーヒーをカップに注ぎ、その中へ、角砂糖を二つ無造作に放り込んだ時任は、それを高木主任に手渡したところで、さりげなく、雄介が当面寝泊まりするホテルは手配出来たのかと、訊ねる。
 「たった今、横手山山荘と交渉して来たよ」
 高木主任の返事に、時任は、一瞬眉を顰(しか)め、
 「横手山山荘ですか・・・・?申し訳ありませんが、そいつは、キャンセルして下さい。本間は、おれと同じホテルへ宿泊させます。その方が、新入りを指導する上で、何かと目も届きやすいし、色々都合がいい」
 「きみが泊まっているのは、確か、横手山ロッジだったな。経営者は、きみの友人とか------」
 「そうです。あそこなら、今から頼んでもそれなりに融通を利かせてくれると思います」
 時任は、思案の表情を垣間見せる高木主任の意向もお構いなく、勝手に話を煮詰めて行く。しかも、宿泊する当事者である雄介本人が、すぐ隣にいるというのに、まったく存在を無視されたも同然の扱いを受け、
 「待って下さい。おれは、時任さんと同じホテルに厄介になるなんて話は一度も聞いちゃいませんから------」
 雄介は、バカにするなよとの苛立ちで、つい声高に食って掛かろうとしたが、そんな抗議も、
 「お前は、この件に関しては、高木主任に一任すると申し出たはずだぞ。主任が許可をくれれば、それで決まりだ。つべこべ言うな」
 時任の言下に、敢え無く潰された。そして、時任は、すぐさま自分の携帯電話から横手山ロッジへ新入りを宿泊させてくれるよう依頼する旨の連絡を入れてしまった。



 その後、各々の持ち場における任務を終えたパトロール員たちも、次々に本部へと戻って来た。そして、この日一日の勤務中に携わった諸事についての詳細を記入した報告書を作成し、高木主任に提出したのち、各員スキー用具の手入れなど明日の仕事のための下準備を調(ととの)える。やがて、それらを一通り済ませた者から、夜間当直員以外のパトロール員たちは、自らが宿舎としているホテル等へと、帰路に就くのであった。
 雄介もまた、時任圭吾に伴われる格好で、スキーパトロール本部を後にする。結局、気紛れとも言える強引さに押し切られるしか術を持たぬまま、宿泊先を決められてしまった雄介にとって、それは実に気の重い一日の終業であり、それ以上は一言も反論できなかった自分の不甲斐なさを痛感せざるを得ない帰途でもあった。漆黒の夜空に煌くオリオン星座の冷たさが、恨めしかった。~ 炎 の 氷 壁 ~ ⑧

 
 時任が宿としている横手山ロッジは、パトロール本部のある横手山スカイパークスキー場ゲレンデ監視塔から、徒歩で五分ほどの場所にあり、白樺林道沿いの雑木林に囲まれた間に、温もりを感じさせる暖色系の門灯をともして、ぽつねんと建っていた。建物の半分ほども積雪に覆われて佇む外観は、ホテルというよりも、リゾート地のペンションと呼ぶ方が相応(ふさわ)しいこぢんまりとしたもので、志賀高原一帯に立ち並ぶ数多くの大型観光ホテルをイメージしていた雄介にとっては、正直、少しばかり当て外れの感は否めなかった。とはいえ、そんな高級ホテルに泊めてもらえるというような期待をしていた訳でも、さらさらなかったが・・・・。
 ホテル内のロビーへ一歩足を踏み入れた時任と、雄介を出迎えたのは、この横手山ロッジの経営者で、時任とは、地元の高等学校で同級生だった当時からの友人の、野田開作(のだかいさく)という男であった。時任は、野田に雄介を紹介する。
 「今日から、おれと組んで仕事をすることになった本間雄介君だ。よろしく頼む」
 「お前の同僚なら、いつでも歓迎するさ」
 野田は、女性的な細面の痩せた色白の顔に、繊細そうな笑みを浮かべながら、落ち着いた声で答えると、雄介の部屋は、時任が使用している二階の部屋の隣室の一人用客室を用意しておいたと、話した。
 「お世話を掛けます」
 雄介も、ここは一応体裁を繕い頭を下げる。ここまで来て、もはや、意地を張るのも大人げないと、腹を括っていた。すると、野田は、その肉の削(そ)げた頬に、年齢にはいささか不釣り合いな深めの皺を刻んで、ニヤッと、破顔し、
 「お宅も、時任の無理強いに往生させられている口じゃァないのかい?こいつの指導は、人一倍荒っぽいことでも有名だからね。何人のパートナーが途中で逃げ出したことか-----」~ 炎 の 氷 壁 ~ ⑧
 「おい、余計なおしゃべりはするなよ。これから、お前のことを、この新入りに、まだ三十代の若さで立派に一国一城を牛耳っている独身エグゼクティブの見本のような男だと、褒めちぎってやろうと思っていたのになァ」
 時任は、野田を睨み加減に言う。だが、そのリラックスした顔には、野田のことを憎めない奴だというような苦笑いがあり、勤務時の鋼(はがね)の如き冷厳さは、かけらも見当たらない。それだけ時任は、この野田開作に対して気持ちを許しているのであろうと、雄介は考えた。 


    <この小説はフィクションです。登場する人物名及び団体名は、すべて架空の物ですので、ご了承下さい> 

~ 炎 の 氷 壁 ~ ⑧ 
~今日の雑感~         
 
 ついに、我が家の温水器が壊れました!正確には、温水器からお湯を運ぶ配管に亀裂が出来て、そこから熱湯が地下へ漏れてしまっていたらしいのです。三週間ほど前から、どうも調子がおかしかったのですが、とうとう水しか出なくなり、頭を洗っているうちに、急に冷水になってしまうので、何とも悲惨です。早く修理しなければ、電気代もばかになりません。よりによって、こんな時期に・・・・!(>_<)


「今日の一枚」--------『京の宵闇』


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