むかつくんだよ!・・・・・251

~ 今 日 の 雑 感 ~


むかつくんだよ!icon09



    裁判員裁判で、強姦致傷罪に問われている被告の裁判で、裁判員の一人が、検察側の説明が通り一遍だということに憤慨し、「むかつくんですよね!」と、声を荒らげたというニュースがあった。判事が、これを、「そのへんで-----」と、制止したそうだが、裁判員裁判は、一般の国民の声を裁判に反映したいという主旨のもとに始まったものである。

    しかも、この呼び出しを理由なく拒否すれば罰則までも盛り込まれている訳である。ならば、一般人の声をダイレクトに届けることは当たり前のことであり、それだけの権利は一般市民にあるはずである。それこそ司法改革が求めていた真の目的ではないのだろうか?むかつくんだよ!・・・・・251

    わたしは、この裁判員が、「むかつくんですよね!」と、言った言葉は、ごく正しいことだと思うし、それがその裁判員の素直な気持ちであるなら、その言葉を封じることは司法改革に反することであると認識している。もしも、裁判員の中の誰かが、「お前みたいな人間は、地獄へ落ちろ!」と、言ったとしても、それもまた、市民の正直な声ではないかと思うのである。

    一般市民は裁判官や弁護士や検事ではない。こういうところでどんな言葉がよくてどんな言葉が悪いのかなどということは判るはずもないし、また、判る必要もないと思う。もっと言えば、検察側と裁判員が口論になっても、それはそれでいたしかたがないことだと考えるのである。

    これは、そんな裁判員裁判を体験した人たちの感想だということだが、検察側が書類を棒読みしていたのとは反対に、弁護士は、「皆さん、わたしを見てください!」と、裁判員に自分への注目を促し、身振り手振りで必死に被告の弁護を展開したことの方が、ずっと印象に深かったという話である。

    裁判員になった人たちには、思い残すいことのないように自分の言葉で質問をして欲しいし、時には、自分自身の感情を爆発させることもありではないかと考える。もしも、それを制止したいのなら、その言葉を封じ込めるだけの論拠を、検察側、弁護側が説明すればよいことではないだろうか。



    ところで、話を変えて、先日のブログで、「謙虚」「謙遜」の違いというものが話題となった。

    皆さんは、この二つの言葉を聞いた時、どのような感じがするだろうか?一見似通っている「謙虚」と「謙遜」だが、実は、この言葉の裏には、大きな違いがあるように思えるのだ。

    「謙遜は、日本人の美徳である」などとも言われるが、この「謙遜」もあまり度が過ぎれば、嫌味やうざったさにもつながることがあるものだ。中には、卑屈だと思う人もいるだろう。

    しかし、この「謙遜」という言葉、実はかなりの曲者で、この言葉の裏には、鼻もちならないほどの自己顕示欲が隠されている場合もあるのだ。「ナガブロ」の中でも、いつもこの「謙遜」を、振れ回り、自分は引っ込み思案な人間だということを、これ見よがしにアピールしている人がいるが、そういう人が、どうして、世界中に発信されているブログなどやろうとするのかと、甚だ疑問であるし、片腹痛いものがある。

    しかも、そういうブロガーに限って、「わたしは、腹を立てることはあまりない。どうでもいいけど----なんて思ってしまうタイプだから」などと、如何にもしおらしいことを書いているが、とんでもない、烈火のごとく怒れば、何をしでかすか判らないような性格のくせに、よく言うわ!と、言うのが、わたしの感想である。まさに、「似非謙虚人間」の最たるものと言わざるを得ない。

    しかし、「真の謙虚さ」を持っている人は、自分という人間がどういう力量を備えているのかということを、実にしっかりと弁えているものなのである。そして、その力量以上のことを要求された時は、おくゆかしく「謙遜」出来るのだ。自分には、何が出来て、何が出来ないか-----を、確実に把握しているということは、ある意味、勇気のいることでもあるが、それこそが、本当の大人の感性というものではないのだろうか。

    最近は、出来ないことでも出来ると、嘘をつき、すぐにその嘘がばれても、ヘラヘラと笑っている「常識力破綻人間」なるものも大勢いるが、そういう人間が生まれた背景には、「似非謙虚人間」である多くの大人たちの事なかれ主義が関係しているのではないかと考える。

    そういう人間を、黙って見過ごして来たから、彼らはつけあがっている訳で、時には、「ダメなのものは、ダメだ!」「出来もしないくせに、大きな顔をするんじゃない!この嘘つき!」と、はっきり思い知らせてやることも、大切なのではないだろうか?

         

<今日のおまけ>

    ときどき、ブログの記事に、「ブログ村」「勝手にブログ村」とかいう催しについて書いているブロガーさんがいるが、どうして、皆さん、実際に顔を合わせて話をしたいなんて思うんだろう?だったら、ハンドルネームでブログを書く意味なんかないじゃないかと、わたしなどは思ってしまう。(?_?)

    何か、商談の相手でも探しているのだろうか?まあ、それなら判らなくもないが・・・・。

    なんだか、「実は、わたしが古参のブロガーなんですよ。皆さん、わたしに一目置いてくださいね」とか、「わたしって、実はこんなに魅力的な女性なのよ。どう驚いた?」とか、そんなことでも自慢しあうために集まっているように思えてしょうがない。

    そして、そういうところで中心になって仕切っているブロガーたちを見ると、大体が、後から「ナガブロ」に参加したブロガーたちを、仲間に入れてやっているんだ的な目線でブログを書いていることに気が付く。まるで、「ナガブロ」内のボス気取りである。そういう人々は、押し並べて、こんな書き方をするのだ。

    「あの連中は、何をしているのかな?悲しいね~」

    バカ言ってんじゃない!!あんたらのブログだけで、「ナガブロ」が持っていると思ったら大間違いだぞ。それとも、このサイトに、投資でもしてくれている訳なのか?(しかし、事実お金を出して、このサイトを盛りたててくださっている方がいらしたらすみません)

    なんだか、やたらに、勘違いな輩が多くて驚くばかりだ。こういうのが、マジでむかつくっていうことなんだろうな。icon09

    

    

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