「普通」は、「普通」ではない!・・・・・262
2009年11月28日
~ 今 日 の 雑 感 ~
「普通」は、「普通」ではない!
これは、「自称 美人女将」さんのブログにも書かれていたことですが、わたしたちが日常何気なく使っている「普通」という言葉には、その人その人にまったく違った意味合いがあるものだということを、最近考えさせられました。
皆さんは、「普通」という言葉をどのように受け止めていますか?
たとえば、ここに、二人の子供を持つ30代の主婦がいたとします。ご主人は、中小企業の係長をしています。家は、最近新築したばかりの一戸建てです。ご近所との仲も円満で、ご主人の両親である舅・姑ともそれなりにうまくやっていますし、やさしいご主人は、主婦と子供たちを、時々国内の温泉旅行に連れて行ってもくれます。家族そろって、ファミリーレストランや、回転ずしで夕食をとることもあります。
これを、この主婦は、「わたしの家は、ごく一般的な家庭だから、やはり、特別なことよりも、こういう『普通』の生活が続いて欲しいわよね。高望みはしなくても、『普通』で十分よね」と、近所の主婦仲間に話しました。
でも、皆さんは、この主婦の生活が、「普通」だと思いますか?わたしに言わせれば、この主婦は、そうとうに「贅沢」な生活をしていると思うのです。
まず、大好きなご主人と結婚して、お子さんにも恵まれ、家庭も円満。旅行にも行き、レストランで食事も出来る。こんな幸せな境遇が、果たして「普通」なのでしょうか?
わたしには、「彼女は、とても普通ではない」と、思えるのです。まず、彼女も家族も皆、健康です。これが既に「普通」ではありません。一日に家から一度も外へ出ることのできない経験をしていたわたしにしてみれば、家族で旅行など贅沢の極みです。レストランで食事?-----わたしは、もう何年も、そんな体験をしていません。
要するに、この主婦の思い描いている「普通」は、他の人にしてみれば、決して「普通」などではないのです。
わたしは、時々思うのですが、長年連れ添った奥さまやご主人を亡くされた人たちが、まるで、人が変わったように気力を無くし、悄然としている姿を見て、どうして、あのように、気持ちが萎えてしまうのかと、不思議でならないのです。
人は、もともと一人で産まれてくるものです。死ぬ時も、一人です。
結婚だって、皆が出来る訳ではありませんし、子供を授かることも、ある意味奇跡のような現象なのです。つまり、結婚して子供が出来、長年伴侶と添い遂げられたことは、正に、奇跡中の奇跡なのです。
その生活がなくなったからと言って、「どうしてなんだ?」などと嘆くことの方が間違っています。
むしろ、「自分は、これまで本当にラッキーな人間だったんだ」と、思うべきなのです。一人になってしまった?-----元に戻っただけではないですか!これまでの何十年間が、ある意味、宝くじに当たったようなものだったということに気付くべきなのです。
しかし、人間とは現金なもので、そういう幸せな生活が長く続くと、それが「普通」に思えてしまうものなのです。
あなたは、自分のことを「普通」だと思っていますか?
しかし、「普通」の概念は、人それぞれなのです。あなたの「普通」、決して「普通」ではないのですよ。それは、とても特別な、贅沢で幸せな「普通」なのです。

タグ :じょん
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Posted by ちよみ at 12:55│Comments(12)
│ちょっと、一服・・・・・ 13
この記事へのコメント
そぉ~ですよね、普通~というのは実に難しい言葉、内容だと言う事を改めて考えさせられました。
私は贅沢な普通・・・を過ごしています、
贅沢な普通・・・???
これって変ですかね?~~
変ですね・・・><
私は贅沢な普通・・・を過ごしています、
贅沢な普通・・・???
これって変ですかね?~~
変ですね・・・><
Posted by 自称 美人女将
at 2009年11月29日 14:33

自称 美人女将さまへ>
女将さんの、ブログ記事で、本当にいろいろ考えさせられました。女将さんが、書かれていることは、実にさりげなく日常の疑問を提示してくださっています。
この「普通」という言葉も、人によってとらえ方は変わります。この前、日本女性で有名な登山家の方が、やはり、乳がんになって手術をしたという話をTVでしていました。その女性は、医師に、「病気が治ったら、わたし、また普通に山登りが出来ますよね?」と、訊ねたそうです。
これを聞いて、わたしは思わず笑ってしまいました。実は、わたしも、担当医に、同じような事を訊いたことがあったのです。ただ、わたしが訊いた言葉は、「山登り」の部分が、「階段上り下り」だったのです。
つまり、人によっては、こうも「普通」の概念が違うものなのです。
人は、大変な目にあうと、自分が一番どん底だと、思うものですが、わたしの「普通」の定義はただ二つ。命があって、痛みがないこと。それ以上は、すべて「贅沢」だと思うのです。
女将さんの、ブログ記事で、本当にいろいろ考えさせられました。女将さんが、書かれていることは、実にさりげなく日常の疑問を提示してくださっています。
この「普通」という言葉も、人によってとらえ方は変わります。この前、日本女性で有名な登山家の方が、やはり、乳がんになって手術をしたという話をTVでしていました。その女性は、医師に、「病気が治ったら、わたし、また普通に山登りが出来ますよね?」と、訊ねたそうです。
これを聞いて、わたしは思わず笑ってしまいました。実は、わたしも、担当医に、同じような事を訊いたことがあったのです。ただ、わたしが訊いた言葉は、「山登り」の部分が、「階段上り下り」だったのです。
つまり、人によっては、こうも「普通」の概念が違うものなのです。
人は、大変な目にあうと、自分が一番どん底だと、思うものですが、わたしの「普通」の定義はただ二つ。命があって、痛みがないこと。それ以上は、すべて「贅沢」だと思うのです。
Posted by ちよみ
at 2009年11月29日 15:30

私もです、明日の私はいないかもしれない、、、し?! 命があるから出来る事・・・
が沢山あります。 もっともっと大事に生きなくちゃ・・・と思います。 命の話になってしまいますが、自殺をする人ははっきり言って嫌いです!!! 癌になったからそぉ~言うんだ!!!と言われればそれまでですが、死ぬ気でやればなんでも出来るではないでしょうか? でも、出来ないから自殺しちゃうんですよね、、、><
痛み・・・先週から切除した方が痛みます、咳、くしゃみで痛いです。 明日、検診日なのでよく調べてもらって来ます><
が沢山あります。 もっともっと大事に生きなくちゃ・・・と思います。 命の話になってしまいますが、自殺をする人ははっきり言って嫌いです!!! 癌になったからそぉ~言うんだ!!!と言われればそれまでですが、死ぬ気でやればなんでも出来るではないでしょうか? でも、出来ないから自殺しちゃうんですよね、、、><
痛み・・・先週から切除した方が痛みます、咳、くしゃみで痛いです。 明日、検診日なのでよく調べてもらって来ます><
Posted by 自称 美人女将
at 2009年11月29日 18:52

自称 美人女将さまへ>
病気になると、命のありがたさがよく判りますよね。自殺する人は嫌いだという、女将さんの気持ち、その通りだと思います。
わたしも、ブログにも書きましたが、別に身内ではありませんが、身の周りに、何人か自殺をした人がいました。英語塾の先生、書道の先生、知り合いの30代の男性。皆、簡単に自殺してしまいました。
30代の男性は、妻も子も、両親も健在で、悩みがあっても相談相手はたくさんいると思われたのですが、それでも、自死の道を選んでしまいました。
自殺に走る人は、おそらく、すべての思考が停止してしまうのだと思います。そうなると、周囲の人たちの言葉が耳に入らなくなってしまうようなのです。とにかく、今のこの状況から逃げたい。それだけが唯一の目的になってしまうような気がします。
そういう時は、「命」などという観念は、問題外なのでしょうね。
ですから、わたしは、出来れば医師にも、一度ぐらい大きな病気を体験してもらいたいのです。そうすれば、患者の本当の痛みが判ると思いますから。
胸の痛みですが、女将さん、最近少し忙しすぎたのではないですか?筋肉がついて、傷口を圧迫しているのかも・・・。
S先生に、よく診察して頂いてください。
お大事になさってくださいね。
病気になると、命のありがたさがよく判りますよね。自殺する人は嫌いだという、女将さんの気持ち、その通りだと思います。
わたしも、ブログにも書きましたが、別に身内ではありませんが、身の周りに、何人か自殺をした人がいました。英語塾の先生、書道の先生、知り合いの30代の男性。皆、簡単に自殺してしまいました。
30代の男性は、妻も子も、両親も健在で、悩みがあっても相談相手はたくさんいると思われたのですが、それでも、自死の道を選んでしまいました。
自殺に走る人は、おそらく、すべての思考が停止してしまうのだと思います。そうなると、周囲の人たちの言葉が耳に入らなくなってしまうようなのです。とにかく、今のこの状況から逃げたい。それだけが唯一の目的になってしまうような気がします。
そういう時は、「命」などという観念は、問題外なのでしょうね。
ですから、わたしは、出来れば医師にも、一度ぐらい大きな病気を体験してもらいたいのです。そうすれば、患者の本当の痛みが判ると思いますから。
胸の痛みですが、女将さん、最近少し忙しすぎたのではないですか?筋肉がついて、傷口を圧迫しているのかも・・・。
S先生に、よく診察して頂いてください。
お大事になさってくださいね。
Posted by ちよみ
at 2009年11月29日 20:19

こんばんは。
普通・・ということって、本当に人それぞれなのでしょうね。
生まれて育ってきた環境で価値観も大きく変わるでしょうから・・
わたしにとって、幼い頃から脳性麻痺で走ったことの無いおじの介護の経験から、食べ物があってそれを自分の手で口から食べられて自分の足で歩けて、思うことを言葉にして伝えることができる・・ということだけでも有り難いことかなあと感じます。でも、日頃は感謝の気持ちを忘れてしまうのです。いけませんね。
死別に関しての件で
少し気になったことがありましたので、もし気に障ったらごめんなさい。
とてもデリケートな問題ですし、万が一、現在大切な存在を失った方が目にされると「自分は駄目なのか」と勘違いされるといけませんから・・
大切な存在と死別した場合の心身の反応は「悲嘆反応」といって、人の心身の正常な反応なので間違いでは無いことを知っていただけると幸いです。
ごめんなさい、文章だけなので冷たくしか伝わらなかったらどうしよう・・
そう思いながらも、「嘆くことは間違い」という文で自分を責める方が出ないようにとの思いです。
えらそうに、ごめんなさい><
普通・・ということって、本当に人それぞれなのでしょうね。
生まれて育ってきた環境で価値観も大きく変わるでしょうから・・
わたしにとって、幼い頃から脳性麻痺で走ったことの無いおじの介護の経験から、食べ物があってそれを自分の手で口から食べられて自分の足で歩けて、思うことを言葉にして伝えることができる・・ということだけでも有り難いことかなあと感じます。でも、日頃は感謝の気持ちを忘れてしまうのです。いけませんね。
死別に関しての件で
少し気になったことがありましたので、もし気に障ったらごめんなさい。
とてもデリケートな問題ですし、万が一、現在大切な存在を失った方が目にされると「自分は駄目なのか」と勘違いされるといけませんから・・
大切な存在と死別した場合の心身の反応は「悲嘆反応」といって、人の心身の正常な反応なので間違いでは無いことを知っていただけると幸いです。
ごめんなさい、文章だけなので冷たくしか伝わらなかったらどうしよう・・
そう思いながらも、「嘆くことは間違い」という文で自分を責める方が出ないようにとの思いです。
えらそうに、ごめんなさい><
Posted by Andante at 2009年11月29日 20:26
Andanteさまへ>
身体のご不自由なおじさまの介護を経験されているのですね。きっと、おじさまは、Andanteさんが、ご自分のようでなく健康に育たれたことを、嬉しく思われていたことでしょう。身体が不自由な人には、その人間の本質が見えるといいます。おそらく、不自由な体と引き換えに、健常者にはない洞察力が備わるからだと思います。
わたしも、自分が自由に身体が動けていた時とは、明らかに考え方が変わりました。健康だった時は、自分が立って歩くということに神経を使うことなど、まったくありませんでしたから。歩いているときに、人は物を考えながらでも、口笛を吹きながらでも歩けますよね。
でも、身体の自由が利かなくなると、一歩踏み出す際にも、頭の中は、体勢を維持することでいっぱいになるのです。周りの人が何か話しかけても、そんな言葉は、耳に入りません。つまり、普通が普通でなくなるのです。
そういう体験を通して、伴侶に先立たれた人たちの悲嘆について考えると、わたしは、あえて、こういうきついことを書きたくなるのです。「悲嘆反応」は、確かに人間にとっては当然のことだと思います。愛する者が亡くなれば、嘆き悲しむなという方が無理です。子供が二人いて、そのうちの一人が亡くなった時、「まだ、もう一人いるからいいじゃないの」と、他人はいうでしょうが、そういうものではないことも、よく判ります。たとえ10人も子供がいて、そのうちの1人欠けても親の悲しみは変わらないでしょう。
でも、そういう時、わたしは思うのです。子供が欲しくて欲しくてたまらないのに、授かることが出来ない人もいるのだと。
「悲しむことは間違い」ではないが、「どうしてなんだ」と、自分の運命を恨むことは、間違っていると思うのです。そういう恨みや嘆きは、それすら手に入れられなかった人への冒涜のような気がするのです。
言い方はよくないかもしれませんが、「自分が辛い時、それよりもなお辛い人がいることを思え」---今は、そちらの考えの方が正論のような気がするのです。
身体のご不自由なおじさまの介護を経験されているのですね。きっと、おじさまは、Andanteさんが、ご自分のようでなく健康に育たれたことを、嬉しく思われていたことでしょう。身体が不自由な人には、その人間の本質が見えるといいます。おそらく、不自由な体と引き換えに、健常者にはない洞察力が備わるからだと思います。
わたしも、自分が自由に身体が動けていた時とは、明らかに考え方が変わりました。健康だった時は、自分が立って歩くということに神経を使うことなど、まったくありませんでしたから。歩いているときに、人は物を考えながらでも、口笛を吹きながらでも歩けますよね。
でも、身体の自由が利かなくなると、一歩踏み出す際にも、頭の中は、体勢を維持することでいっぱいになるのです。周りの人が何か話しかけても、そんな言葉は、耳に入りません。つまり、普通が普通でなくなるのです。
そういう体験を通して、伴侶に先立たれた人たちの悲嘆について考えると、わたしは、あえて、こういうきついことを書きたくなるのです。「悲嘆反応」は、確かに人間にとっては当然のことだと思います。愛する者が亡くなれば、嘆き悲しむなという方が無理です。子供が二人いて、そのうちの一人が亡くなった時、「まだ、もう一人いるからいいじゃないの」と、他人はいうでしょうが、そういうものではないことも、よく判ります。たとえ10人も子供がいて、そのうちの1人欠けても親の悲しみは変わらないでしょう。
でも、そういう時、わたしは思うのです。子供が欲しくて欲しくてたまらないのに、授かることが出来ない人もいるのだと。
「悲しむことは間違い」ではないが、「どうしてなんだ」と、自分の運命を恨むことは、間違っていると思うのです。そういう恨みや嘆きは、それすら手に入れられなかった人への冒涜のような気がするのです。
言い方はよくないかもしれませんが、「自分が辛い時、それよりもなお辛い人がいることを思え」---今は、そちらの考えの方が正論のような気がするのです。
Posted by ちよみ
at 2009年11月29日 21:29

こんばんは。
いろいろな想いがあってのお気持ちだったのですね。意見して、気にされていらっしゃらないかと心配していました。悪気があってのコメントではなかったので、ご理解いただけると幸いです。
おじの事ですが、後になって、姪に介護されることをどういう気持ちで過ごしていたのだろうかと考えることがあります。介護される側のみじめさ・・若くして歩けなくなり、自分で車いすに移動も出来ず、どんな気持ちでわたしの押す車いすに乗って散歩に出かけたのかな・・など。
また、わが子を介護しなければならなかった祖母も辛かっただろうと思います。代理母の日記でも拝見しましたが、やはり「この子をこんな身体にしてしまった(ポリオが原因なのに祖母は自分を責め続けていました)」と言っていました。夫を前年に、続けて息子に先立たれた祖母の嘆き様は見ていて辛いものがありました。
ちよみさまは健康のありがたさが、ご自分の体験によって本当におわかりになるのだと思います。わたしは、おじのことを想いながらも、歩ける自分・車いすを押して坂道をのぼれる自分・食事を運んであげられる自分・~してあげられる自分・・と自己満足だったのでは・・そんな風に、おじが亡くなったとき思いました。
おじの死は60歳を迎えてのもので、小さな子どもが亡くなったのとはまた違う面もあるかと思います。それでも息子に先立たれたことは突然の・・病院での窒息死でしたし、ショックだったようです。
祖父はとても良い笑顔で・・癌でした・・亡くなったためか、祖母はしばらくは泣いておりましたが立ち直りは早かったかと思います。今頃は亡き夫の悪口を面白く言うほどです。
わたしがもし今、子どもを何かの事件や事故・あるいは病で亡くしたら、きっとまともではいられないように思います。3人おりますが、やはり1人1人大切です。
人それぞれ考え方があるので、ちよみさまと私の意見がまったく同じ方が不自然かもしれませんね^^なんだか、えらそうなコメントしてしまったこと、ごめんなさい。でも、ちよみさまがきちんと私の気持ちを汲んでくださったこと、嬉しかったし安心いたしました。これで眠れます^^
おやすみなさいませ☆
明日から少しハードスケジュールになります>< コメントができないこともあるかと思いますが、お許しくださいね^^
いろいろな想いがあってのお気持ちだったのですね。意見して、気にされていらっしゃらないかと心配していました。悪気があってのコメントではなかったので、ご理解いただけると幸いです。
おじの事ですが、後になって、姪に介護されることをどういう気持ちで過ごしていたのだろうかと考えることがあります。介護される側のみじめさ・・若くして歩けなくなり、自分で車いすに移動も出来ず、どんな気持ちでわたしの押す車いすに乗って散歩に出かけたのかな・・など。
また、わが子を介護しなければならなかった祖母も辛かっただろうと思います。代理母の日記でも拝見しましたが、やはり「この子をこんな身体にしてしまった(ポリオが原因なのに祖母は自分を責め続けていました)」と言っていました。夫を前年に、続けて息子に先立たれた祖母の嘆き様は見ていて辛いものがありました。
ちよみさまは健康のありがたさが、ご自分の体験によって本当におわかりになるのだと思います。わたしは、おじのことを想いながらも、歩ける自分・車いすを押して坂道をのぼれる自分・食事を運んであげられる自分・~してあげられる自分・・と自己満足だったのでは・・そんな風に、おじが亡くなったとき思いました。
おじの死は60歳を迎えてのもので、小さな子どもが亡くなったのとはまた違う面もあるかと思います。それでも息子に先立たれたことは突然の・・病院での窒息死でしたし、ショックだったようです。
祖父はとても良い笑顔で・・癌でした・・亡くなったためか、祖母はしばらくは泣いておりましたが立ち直りは早かったかと思います。今頃は亡き夫の悪口を面白く言うほどです。
わたしがもし今、子どもを何かの事件や事故・あるいは病で亡くしたら、きっとまともではいられないように思います。3人おりますが、やはり1人1人大切です。
人それぞれ考え方があるので、ちよみさまと私の意見がまったく同じ方が不自然かもしれませんね^^なんだか、えらそうなコメントしてしまったこと、ごめんなさい。でも、ちよみさまがきちんと私の気持ちを汲んでくださったこと、嬉しかったし安心いたしました。これで眠れます^^
おやすみなさいませ☆
明日から少しハードスケジュールになります>< コメントができないこともあるかと思いますが、お許しくださいね^^
Posted by Andante at 2009年11月30日 01:32
Andanteさまへ>
え?あの~、わたし、Andanteさんに、毎日、コメントくださいなどと、失礼なこと申し上げましたでしょうか?そういうことは、書いていないつもりなのですが、もしも、それらしき誤解を与えるような言葉を書いていましたら、お詫び申し上げます。
もちろん、コメントは、お時間のある時で結構です。
それに、「意見された」などとは思っていません。(「意見する」という言葉は、説教という意味になりますから、わたしは、Andanteさんからお説教されたなどとは、まったく考えていません)ご心配なさらないでください。ご自分のお考えを述べられることは、大事なことですから。
わたしのブログは、日々の疑問や反論を率直に書くことを信条としておりますので、当たり障りのない平凡な意見は、出来るだけ避けたいと思っています。そういうことを書くのなら、何も、ブログに載せる必要はありませんよね。
それから、Andanteさんは、もしかしたら、わたしのことを、ご自身よりも年下だと思っていらっしゃるのではないですか?
わたしは、おそらく、Andanteさんより、かなり年上だと思いますよ。(笑)
わたしも、中学・高校教員免許や華道教授の資格を持っていますから、人様に物を教えるということが、どれほど難しいことか判ります。Andanteさんは、アロマの教室で生徒さんを教えておられること、大変な作業だと思います。間違ったことは教えられませんからね。
お仕事、頑張ってくださいね。♫
え?あの~、わたし、Andanteさんに、毎日、コメントくださいなどと、失礼なこと申し上げましたでしょうか?そういうことは、書いていないつもりなのですが、もしも、それらしき誤解を与えるような言葉を書いていましたら、お詫び申し上げます。
もちろん、コメントは、お時間のある時で結構です。
それに、「意見された」などとは思っていません。(「意見する」という言葉は、説教という意味になりますから、わたしは、Andanteさんからお説教されたなどとは、まったく考えていません)ご心配なさらないでください。ご自分のお考えを述べられることは、大事なことですから。
わたしのブログは、日々の疑問や反論を率直に書くことを信条としておりますので、当たり障りのない平凡な意見は、出来るだけ避けたいと思っています。そういうことを書くのなら、何も、ブログに載せる必要はありませんよね。
それから、Andanteさんは、もしかしたら、わたしのことを、ご自身よりも年下だと思っていらっしゃるのではないですか?
わたしは、おそらく、Andanteさんより、かなり年上だと思いますよ。(笑)
わたしも、中学・高校教員免許や華道教授の資格を持っていますから、人様に物を教えるということが、どれほど難しいことか判ります。Andanteさんは、アロマの教室で生徒さんを教えておられること、大変な作業だと思います。間違ったことは教えられませんからね。
お仕事、頑張ってくださいね。♫
Posted by ちよみ
at 2009年11月30日 13:06

こんばんは
ちびまるこちゃんっていうアニメを知っていますか?
私の中ではあの家が一般的な「普通」と思っていました。まるこには「理想」があって花輪君という
お金持ちの家が彼女には「裕福な家・幸せな家庭」と思っていますが、花輪君は執事が居るお坊ちゃまなんですが、両親が仕事で海外に行っていて・・・という設定です。
多分お互い無いものねだり・・・と私は思いました。
私も夫がいて子供がいてローンの返済はきついけど家があるし・・幸せなんだと思うけど
やっぱりまるこみたいに思うところはあります。
ないものねだりしてます。
ちびまるこちゃんっていうアニメを知っていますか?
私の中ではあの家が一般的な「普通」と思っていました。まるこには「理想」があって花輪君という
お金持ちの家が彼女には「裕福な家・幸せな家庭」と思っていますが、花輪君は執事が居るお坊ちゃまなんですが、両親が仕事で海外に行っていて・・・という設定です。
多分お互い無いものねだり・・・と私は思いました。
私も夫がいて子供がいてローンの返済はきついけど家があるし・・幸せなんだと思うけど
やっぱりまるこみたいに思うところはあります。
ないものねだりしてます。
Posted by り・まんぼー
at 2009年11月30日 18:30

り・まんぼーさまへ>
日本には、今は「普通の家庭」の定義はないものと思います。母子家庭、父子家庭はざらですし、老人の一人暮らしや祖父母のいない家庭も多いです。「ちびまるこちゃん」の家庭は、確か、昭和40年代ぐらいの設定だと思うのですが、こういう家族は、もはや伝説ですね。(笑)
この「普通」という言葉は、「平均的家庭」という意味とは大きく切り離されたところにあるのではないかと思います。今は、普通の概念も人それぞれですから、もしも、「ちびまるこちゃん」の家庭を普通と位置付ければ、日本では普通以下の家庭が70パーセントを占めることになるでしょうね。
もしも、り・まんぼーさんがご自分を普通だと思ったら、やはり、それは、「贅沢な普通」だと思います。
日本には、今は「普通の家庭」の定義はないものと思います。母子家庭、父子家庭はざらですし、老人の一人暮らしや祖父母のいない家庭も多いです。「ちびまるこちゃん」の家庭は、確か、昭和40年代ぐらいの設定だと思うのですが、こういう家族は、もはや伝説ですね。(笑)
この「普通」という言葉は、「平均的家庭」という意味とは大きく切り離されたところにあるのではないかと思います。今は、普通の概念も人それぞれですから、もしも、「ちびまるこちゃん」の家庭を普通と位置付ければ、日本では普通以下の家庭が70パーセントを占めることになるでしょうね。
もしも、り・まんぼーさんがご自分を普通だと思ったら、やはり、それは、「贅沢な普通」だと思います。
Posted by ちよみ
at 2009年11月30日 20:14

こんばんは。
意見・・のこと、ありがとうございました。
今日は久しぶりに早く休みます。おやすみなさいませ。
意見・・のこと、ありがとうございました。
今日は久しぶりに早く休みます。おやすみなさいませ。
Posted by Andante at 2009年11月30日 23:29
Andanteさまへ>
毎日お忙しいところ、コメントを頂きありがとうございます。
新型インフルエンザも猛威をふるっていますから、お身体には充分お気を付けてお過ごしください。
おやすみなさい。★
毎日お忙しいところ、コメントを頂きありがとうございます。
新型インフルエンザも猛威をふるっていますから、お身体には充分お気を付けてお過ごしください。
おやすみなさい。★
Posted by ちよみ
at 2009年11月30日 23:52

※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。