「代理母は実母」の不可解・・・・・265

~ 今 日 の 雑 感 ~


「代理母は実母」の不可解



    長野県下諏訪町の諏訪マタニティークリニックで5月、代理出産によって男児を得た27歳の女性と、その代理母となった53歳の実母が、11月25日、東京都内で記者会見をし、子供をもうけた喜びなどを語ったという、ニュースがありました。

    27歳の女性は、赤ん坊の時病気で子宮を全摘したことで、子供をもうけることが出来なかったため、この女性と夫である男性の受精卵を実母に移植し、子供が産まれたのだといいます。

    実母は、帝王切開で赤ん坊を出産。赤ん坊は、法律上は実母の子供になるため、現在、女性と赤ん坊が戸籍上の親子になるように特別養子縁組の手続きを進めている最中だそうです。

    このニュースをテレビで観たわたしの母親の反応は、ただ一言。「代理母は実母」の不可解・・・・・265

    「気色が悪い!チャンネル変えて!」

    でした。わたしも、まったく同意見でした。

    わたしは、以前もこのブログに書いたのですが、何故、人は、そこまでして自分の子供を欲しいと思うのでしょうか?一歳の娘に、子宮摘出という人生を左右するような手術を受けさせねばならなかった実母の苦悩や自責の念も判らなくはありません。

    しかし、それが、どうして自分のお腹を貸してまで、娘の子供を妊娠してやらねばならないという結論へ結び付くのか、わたしには、まったく理解できないのです。世の中には、さまざまな理由で自分の実の子供を持てない夫婦や女性はごまんといます。そして、そういう人たちは、皆、そのことを運命と諦め、割り切って、それでも世の中を懸命に生きているのです。

    この女性は、たまたま、実母がお腹を貸してくれたので、幸いにも男児を授かることが出来ましたが、世の中、そんなラッキーな人間ばかりではありません。女性は、

    「同じような状況に悩む人たちが少しでも勇気づけられたり、悩みが軽くなれば幸せ」

    などと、話していたそうですが、これも実に勝手な意見です。つまり彼女は、暗に、「わたしのような境遇の人間がいたら、実の母親は子宮を提供しなさい」と、プレッシャーをかけているのです。そういうことが出来ない親は、冷酷な親だと、言いたいのです。

    もしも、子供が欲しくても、代理母が見つからない夫婦は、ではどうすればいいのでしょうか?他人に頼むのでしょうか?そんなことになれば、問題は、ますます厄介になります。子供を実際に産んだ赤の他人の代理母が、親権を要求したらどうするのでしょうか?書類上や法律上だけでは片づけられない問題も、必ず発生するのです。 

    つまり、27歳の女性も実母も、「自分たちのケースは、まったく例外中の例外で、他の人には決して真似をして欲しくない」と、発言するのが本来の姿勢だと思うのです。

    わたしは、こういういわゆる身勝手な人間の言い分を聞くと、本当に腹が立つのですが、何故、女性たちは、実の子供でなくてはならなかったのでしょうか?世界中には、戦争や病気、事故などで両親を失い、孤児になっている子供たちが山ほどいるではありませんか。どうして、そういう子供を養子にするのではいけないのでしょう。

    子供が欲しいと、心底純粋に思っているのならば、たとえ赤の他人の子供でも、自分の子供として育てる道はいくらもあるはずではありませんか。何が何でも、血を分けた自分の子供でなくてはならない。そのためになら、実の母親を犠牲にし、テレビの記者会見にまで引きずり出して、世間に、「気色がわるい!」などと罵倒させるような、酷な仕打ちをしても構わないのでしょうか?あきれ返るばかりです。

    あの記者会見の最中の、堂々とした娘の態度に比べて、終始うつむき加減の母親を見れば、この母親が、内心、「自分はなんという恥さらしな場に出てきてしまったのだろうか」という、思いに苛まれているであろうことは、一目瞭然です。

    よく、こういうニュースを観ると、人は、「生まれた子供が可哀そうだ」「どちらが親か判らない」「きっと学校で噂され、苛められるだろう」などと、考えるものですが、わたしは、子供がどんな境遇になろうと、そんなことはどうでもいいと思っているのです。

    こういう変わり者の親の子供として生まれてきてしまったのですから、子供は、それを甘んじて受けるべきだし、それもまた「因果応報」-----恨むなら親を恨めばいいだけのことです。そして、運命を背負って諦めて生きればいいのです。親が諦めきれなかった報いを、子供が受けるのは仕方がないことではないですか。

    世の中とは、必ず何処かで帳尻を合わせるように出来ているのですから。

    わたしの親戚にも、子供を授かれずにいる夫婦がいますが、「そういう夫婦には、子供のいる夫婦に出来ないことをせよという命題が天より与えられているのだ」と、彼らは話します。そういう前向きな考え方で、生きている夫婦も大勢いるのです。

    ですから、やはりわたしには、この27歳女性の選択には、どうしても賛成できないのです。face09

<今日のおまけ>

    須坂市動物園の名物アカカンガルーの「ハッチ」が、老衰のため死にました。

    カンガルーの寿命は、平均で10年程度だといいますから、ハッチは、まだ少し若かったようですが、それでも人間でいうところの70歳は超えていたそうです。

    須坂市動物園は、このハッチ効果で、年間二十万人の集客増であったそうで、ハッチがいなくなった穴は、とても小さくはないでしょう。彼の息子たちが、この後父親の人気を引き継ぐことが出来るのかが、当面の課題だと思います。

    (それにしても、一度も「生ハッチ」見なかったface03

    


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この記事へのコメント
ハッチに関しては、
全国紙の三面記事にも、
全国版のニュース番組にも、
その訃報が伝えられましたね。
たまたま10月下旬に須坂に行った折に、
僕は見る機会がなかったのですが、
娘は友だちと見てきたようです。
曰く「寝てたよ」と。
その頃からハッチはキツカッタのかも知れませんね。
Posted by zukyzuky at 2009年11月30日 00:39
私も、医学が発達しすぎてしまって、別の弊害が出てきているのではないのかなあとこの頃、よく思います。
そして、花に関して言えば、何も無理して青いバラを作らなくてもいいのに・・とも思います。
Posted by ベリーベリー at 2009年11月30日 08:46
多くは語りませんが
自分もベリーさんと同じかな・・・・

数ある選択肢を否定するつもりは全くないですが

存在し得ないものをうみだすこと
立ち入ってはならない領域に立ち入ること

神になりうるわけでもないのにと・・・・
感じてなりません
Posted by はるみっちゅはるみっちゅ at 2009年11月30日 14:45
zukyさまへ>

 お嬢さん、ハッチを見に行かれたのですね。そういえば、最近の映像は、寝てばかりいるものが多かったようですね。
 やはり、本来ならば、オーストラリアの大草原で駆け回っているはずのカンガルーですから、常に狭い折の中に入れられて、人目にさらされ、ストレスも大きかったのだと思います。野生ならば、鳩が自分のエサを食べに来れば、追い払うのが本当でしょうが、ハッチは、そのエサを鳩に食べさせたままで、飼育員の方に、もう一杯自分のためのエサをねだるような性格だったとか。
 なんだか、考えると哀れな気がしますね。
Posted by ちよみちよみ at 2009年11月30日 15:18
ベリーさまへ>

 わたしも、ベリーさんのおっしゃるように、そこまで医学を発展させることが、本当の意味で人類の幸せになるのかと、考えます。癌や心筋梗塞、などの治療が進歩することは歓迎しますが、脳死の人からの移植医療などには、やはり、抵抗があります。一つの命を犠牲にすることで、もう一つの命を救うということが、果たして人道的にも許されるのだろうか?と、考えてしまうのです。
 この間、韓国で、脳死と診断された女性が、5年ぶりに意識を取り戻し、自分を絞殺しようとした犯人を示唆したという事件がありましたよね。そのようなことを聞くにつけても、脳死イコール人の死とは、断定できないような気がするのです。

 青いバラも、やはり、同じようなものですね。造花としての青いバラは、確かに色々用途もあるでしょうが、本来青色の色素をもたないバラに、無理やりに遺伝子操作を施して青を作りださせるということが、果たして生態系にとって正しいことなのか?
 バイオ技術のことは詳しく判りませんが、何だか、危ういことをしているように思えてなりません。
 
Posted by ちよみちよみ at 2009年11月30日 15:33
はるみっちゅさまへ>

 おっしゃるように、もともと、存在し得ないものを生み出すということは、たとえ、その技術があったとしても、自制しなければならない場合もあるのではないかと思うのです。核爆弾などもその例ですよね。クローン技術も、そうだと思うのです。
 動物で実験的にせよ行うことを容認すれば、必ず、人間に応用してみたくなるのが人の常です。そうなれば、自分が病気に侵されたり、事故にあうことを想定して、もう一人の自分を臓器移植のためにストックしておくための「クローンバンク」なるものが出来るかもしれません。
 この代理母の問題にしても、母体が何でもいいのなら、未来では、子供はデパートへ買いに行くという時代が来るやもしれません。そのような社会に、モラルなどは通用しなくなりますよね。

 わたしも、この世の中には、人として立ち入ってはならない領域、踏み越えてはいけない一線というものがあるべきなのではないかと思うのです。
 
 
 
Posted by ちよみちよみ at 2009年11月30日 15:49
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