文章から読みとる力・・・・・359
2010年01月28日
~ 今 日 の 雑 感 ~
文章から読みとる力
携帯電話のメールなどの短文交流が日常化している現代人は、とかく、文章から相手の気持ちを読みとることが苦手だと言われて久しい。
特に、書き言葉には、どうしても個人の能力の差が現われるために、的確に自分の気持ちを伝えきれない部分も出てくる。本当は、そんなことを言いたい訳ではないのに、どうして、判ってもらえないのか?などということも良く聞く話である。
しかも、相手の顔を思い浮かべながら読む文章と、まったく顔を知らない相手の文章を読むというのでは、自ずから文章に対する反応も変わって来ることは否めない。
たとえば、よく顔を見知っている相手が書いた砕け言葉は、「あ~、また、こいつふざけてら」ぐらいに感じても、見ず知らずの相手が書いたタメ口は、単に暴言としか受け取れないのと同じで、文字の上でのコミュニケーションには、現実生活の何倍もの想像力が必要となるのである。
しかし、近頃の人たちの想像力は、読書を趣味としていた時代の人々に比べて極端に衰えているため、書かれた言葉を文字の通りにしか把握できず、その裏にある相手の真意が読みとれないのである。
そのために、こちらが意図しないところでキレたり、悪意を育ててしまったりと、無用のトラブルを起こすもとになったりもするのである。また、逆に、相手が善意で書き込んだ言葉でも、そのたびに、敵意をあらわにする文章を返してくるという癖の人もいる。それが、ある時は、上から目線のからかい言葉であったり、常に反対意見ばかりを連ねてくる人さえいるのである。
反対意見を述べれば、自分は、理知的に見えるだろうと、思っているのかもしれないが、それは、実に大人げない勘違いとしか言いようがない。大人ならば、相手が思い違いなどをしないように、むしろ、噛み砕いたやさしい言葉で丁寧に返答するべきなのである。
フリージャーナリストの内山二郎さん(66)は、「若者は、独りで外国旅行に行くべきだ」と、説いている。
日本人の友人ばかりの中で、黙っていても相手に気持ちが通じるものだと思う安直な習慣を、一度リセットし、自分の言葉できっちりと気持ちを伝えることが出来なければ、生き残れない環境に身を投じてみることが、コミュニケーション能力を磨くためには大事だと、言うのである。
自分の感情ばかりを一方的に相手に押し付けるのではなく、他者の感情にも配慮を怠らない。-----そんな大人の対応が出来てこそ、人は人としての価値があるのではないだろうか。
現代人は、とかく、嫌なら嫌と突っぱねておけばそれでいいという自己本位型の短絡主義に走る傾向が強いが、そういう人間関係がいったいいつまで続けられると思うのであろうか?(ただ、わたしの場合は、体調のこともあるので、出来るだけ『負』のエネルギーを発散する者には近付かないようにしている)
若くて健康なうちは、それでもすむであろうが、高齢者となり、足腰が弱くなった時にも、果たしてそういうことが言い続けられるであろうか?嫌でも、笑顔を作り、介護者のお世話にならなければならない時は必ず来るのである。
将来、誰にも相手にされない孤独な老人にならないためにも、修行だと思って、たとえ携帯メールの世界でも、相手の文章の裏を想像できる力を養うべきではないだろうか。

<今日のおまけ>
わたしのような、ある意味、隠遁生活を送っている人間は、巷で色々と活躍している人たちを見ると、まず思うことが、
「体力、あるなァ・・・・。あんな持久力が何処にあるんだろう?」
と、いうことである。だって、みんな、長時間立ち続けることが出来るんだから、驚異的だ。上半身は重くないのだろうか?
立ちながら、別のことに意識が向けられるのだから、すごい。わたしなんか、立っていれば、いつも、頭の中は身体を直立させていることでいっぱいである。人の話など、とても多くは耳に入らない。
だから、最近は、人の話がみんな嘘っぽく聞こえて仕方がないのだ。
真剣な顔をして如何にも相手の気持ちが判るような話し方をしていても、人生の本質を真に悟っている人は、おそらく100人中1人ぐらいである。あとは、皆、似非伝道師。
そんなものである。
わたしのような、ある意味、隠遁生活を送っている人間は、巷で色々と活躍している人たちを見ると、まず思うことが、
「体力、あるなァ・・・・。あんな持久力が何処にあるんだろう?」
と、いうことである。だって、みんな、長時間立ち続けることが出来るんだから、驚異的だ。上半身は重くないのだろうか?
立ちながら、別のことに意識が向けられるのだから、すごい。わたしなんか、立っていれば、いつも、頭の中は身体を直立させていることでいっぱいである。人の話など、とても多くは耳に入らない。
だから、最近は、人の話がみんな嘘っぽく聞こえて仕方がないのだ。
真剣な顔をして如何にも相手の気持ちが判るような話し方をしていても、人生の本質を真に悟っている人は、おそらく100人中1人ぐらいである。あとは、皆、似非伝道師。
そんなものである。

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Posted by ちよみ at 12:42│Comments(2)
│ちょっと、一服・・・・・ 18
この記事へのコメント
ちよみ様
「沖縄県民の本音は何処に?・・・・」にコメントできないようですので、こちらにて失礼致します。
少々、感情的になり言葉が過ぎたようで申し訳ありませんでした。
ですが、知識がないことを責めたいわけではなく、ご自身の言葉が(例え無意識であっても)他者を傷つける可能性があり、それには責任が伴うということは少しお考え頂きたいと思います。
そういった意味で「気候や風土が穏やかだから基地に依存し自立できない」とか「沖縄県民がしっかり意思統一しなければならない」というニュアンスの言葉は、戦後強制的に土地を収用された経緯を持つ地元の方にとっては、とてもショックだと思うのです。
現在、基地問題で地元の間で賛否両論あるとしても、日米の戦争の結果として土地が強制的に接収されたのは事実です。私達がその経緯を無視して(或いは知らずして)あたかも沖縄だけの問題のように、彼らだけの責任のように、言葉を発することは、地元の方にとっては、とてもショックでしょう。
特に生まれる前から基地があった世代にとっては・・・。
知らないことは罪ではありません(私も間違った情報を得ることも知らないこともありますから)。しかし、せめて少しでも知識を得て自分の言葉に責任を持てるようにしたいと、私は思っています。
以前、自分のブログの方にも公開していますが、私は北澤防衛大臣にメールを出しています。
そして、これからも意見は言っていくつもりです。
この件では、これ以上こちらにはコメント致しません。
あなたに不愉快な思いをさせ、傷つけてしまったようでしたらどうぞお許し下さい。
失礼致しました。
「沖縄県民の本音は何処に?・・・・」にコメントできないようですので、こちらにて失礼致します。
少々、感情的になり言葉が過ぎたようで申し訳ありませんでした。
ですが、知識がないことを責めたいわけではなく、ご自身の言葉が(例え無意識であっても)他者を傷つける可能性があり、それには責任が伴うということは少しお考え頂きたいと思います。
そういった意味で「気候や風土が穏やかだから基地に依存し自立できない」とか「沖縄県民がしっかり意思統一しなければならない」というニュアンスの言葉は、戦後強制的に土地を収用された経緯を持つ地元の方にとっては、とてもショックだと思うのです。
現在、基地問題で地元の間で賛否両論あるとしても、日米の戦争の結果として土地が強制的に接収されたのは事実です。私達がその経緯を無視して(或いは知らずして)あたかも沖縄だけの問題のように、彼らだけの責任のように、言葉を発することは、地元の方にとっては、とてもショックでしょう。
特に生まれる前から基地があった世代にとっては・・・。
知らないことは罪ではありません(私も間違った情報を得ることも知らないこともありますから)。しかし、せめて少しでも知識を得て自分の言葉に責任を持てるようにしたいと、私は思っています。
以前、自分のブログの方にも公開していますが、私は北澤防衛大臣にメールを出しています。
そして、これからも意見は言っていくつもりです。
この件では、これ以上こちらにはコメント致しません。
あなたに不愉快な思いをさせ、傷つけてしまったようでしたらどうぞお許し下さい。
失礼致しました。
Posted by 夏茜
at 2010年01月31日 15:40

夏茜さまへ>
先のあなたのコメントで、わたしが傷ついたなどということは一切ありませんので、ご心配なさらないでください。
ただ、この前のレスにも書きましたが、わたしと同意見の読者の方もおられるのです。つまり、わたしの記事に対して、賛同される方もおられますので、わたしが自分の意見を簡単にはブレさせることが出来ないことはお判りください。ですから、これ以上の意見のやり取りは読者の方たちにも失礼にあたると思い、コメント欄は閉鎖しました。
わたしのブログを書く姿勢として、いったん、ブログに記事としたことは、そこに同意する読者がおられる場合もありますので、見解を変えることは基本的にしないことにしております。もしも、わたしが一度主張したことをコメントの意見によってコロコロと変えていたのでは、それこそ読者に対する責任問題となります。
夏茜さんが、ご自身の意見をコメントに書かれることは結構ですが、こちらに考え方を変えて欲しいというような主旨を、安易に飲むことが出来ないこともご承知いただきたいのです。
むしろ、あなたもブログを書かれておられるのでしたら、そのくらいのモラルはご存知かと思いました。ですから、わたしは、あなたのコメントに一度も反論しませんでしたよね。あなたが自身の意見を述べることは自由だからです。
しかし、わたしのところには、あなたの意見は、わたしの記事の本質を読んでいないとの、感想も寄せられております。つまり、何度も言うようですが、意見は見方によって様々なのです。
北沢防衛大臣からお返事があるといいですね。
コメント、ありがとうございました。
先のあなたのコメントで、わたしが傷ついたなどということは一切ありませんので、ご心配なさらないでください。
ただ、この前のレスにも書きましたが、わたしと同意見の読者の方もおられるのです。つまり、わたしの記事に対して、賛同される方もおられますので、わたしが自分の意見を簡単にはブレさせることが出来ないことはお判りください。ですから、これ以上の意見のやり取りは読者の方たちにも失礼にあたると思い、コメント欄は閉鎖しました。
わたしのブログを書く姿勢として、いったん、ブログに記事としたことは、そこに同意する読者がおられる場合もありますので、見解を変えることは基本的にしないことにしております。もしも、わたしが一度主張したことをコメントの意見によってコロコロと変えていたのでは、それこそ読者に対する責任問題となります。
夏茜さんが、ご自身の意見をコメントに書かれることは結構ですが、こちらに考え方を変えて欲しいというような主旨を、安易に飲むことが出来ないこともご承知いただきたいのです。
むしろ、あなたもブログを書かれておられるのでしたら、そのくらいのモラルはご存知かと思いました。ですから、わたしは、あなたのコメントに一度も反論しませんでしたよね。あなたが自身の意見を述べることは自由だからです。
しかし、わたしのところには、あなたの意見は、わたしの記事の本質を読んでいないとの、感想も寄せられております。つまり、何度も言うようですが、意見は見方によって様々なのです。
北沢防衛大臣からお返事があるといいですね。
コメント、ありがとうございました。
Posted by ちよみ
at 2010年01月31日 16:15

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