徒 然 雑 感 8・・・・・607
2010年06月15日
~ 今 日 の 雑 感 ~
徒 然 雑 感 8
ちょっと前に書いた記事で、内容が古くなって来ましたので上げてしまいます。
栃木県足利市で見知らぬ女性に抱かせてもらった乳児を骨折させたとして、無職・五月女裕子容疑者(28)が逮捕された事件。
五月女容疑者が「幸せそうな親子がねたましかった」と容疑を認める供述を始めたという。
警察によると4月以降、同様の相談が十数件あり、五月女容疑者は逮捕当初、容疑を否認していたそうだ。
警察には4月、「見知らぬ女に子どもを抱かれ、あざができた」という相談が1件あり、五月女容疑者の逮捕後、十数件寄せられた。
うち二件は骨折の疑いもあるという。

発生場所は足利市内のほか、群馬県太田市のショッピングセンターも含まれているそうだ。
最近は、こうした「妬み」が動機の犯罪って、本当に増えたよね。
「わたしにはないのに、どうしてあの人にはあるの?」
「何で、世の中はこんなにも不平等なの?」
かつてのように、日本中の大部分の人たちが貧しく思い通りの暮らしが出来ないことが当たり前だった時は、こういう嫉妬による犯罪というのはあまりなかったように思う。
しかし、ひとたび日本人全員が中流意識を持ったのちの貧困や差別は、貧富の差がすぐ隣り同士で起きるようになってしまったため、こうした嫉妬や理不尽さが動機の犯罪を増加させているのではないかと思う。
わたしの家の近所にも、両親は既になく兄弟は東京に住んでいてほとんど音信もないという若い一人暮らしの女性がいる。彼女の暮らしは瀟洒な庭付きの家に一人住まいの優雅な独身と、周囲の主婦たちには思われていて、時々嫌みさえ言われているが、しかし、彼女に言わせれば、どちらが贅沢かと思うそうだ。
「わたしには、もう、頼る親がいない。独身だから夫も子供もいない。病気やけがをしても、病院へ連れて行ってくれる人もいない。こんな生活の何処が優雅だというのだろうか?主婦たちは、勘違いをしているんだ。あなたたちには、最後に頼れる夫も子供もいるじゃないか」
人は、皆、隣の芝生は青く見えるものなんだ。
でも、その芝生の中へ入れば、刈り込みや草取りなどの手入れはしなければならないし、どれだけ大変か判らない。
わたしだって、子供の頃「ピアノのレッスンなんか出来て、幸せね」と、人には羨ましがられたが、冗談じゃないと思っていた。あのもの凄いスパルタ教育で、時にはひっぱたかれながら泣きながらレッスンしていたことなど、そう言う人たちはまったく知らないからだ。
だったら、あんたが代わりに習ってみれば?一日だって務まりはしないから-----。そう思った。
その乳児の足の骨を折った五月女容疑者だって、実際に子供一人を育ててみれば、どんなに育児が過酷なものかが判るはずだ。人間一人を一人前に育てるということは、自分の希望や夢をあきらめなくてはならないということが、おそらく彼女には判らなかったのだろうと思うのだ。
<今日のおまけ>
人間の生活は、考えてみれば実に無駄だらけだ。
家の中は、かつては必要でも、今は必要のないものであふれかえっている。
わたしの部屋などは、本と原稿用紙の山だ。まあ、これは未だに必要な時もあるけれど・・・・。
それにしても、わたしの書くブログって、皆さん、面白いと思ってくれているのかな?
人間の生活は、考えてみれば実に無駄だらけだ。
家の中は、かつては必要でも、今は必要のないものであふれかえっている。
わたしの部屋などは、本と原稿用紙の山だ。まあ、これは未だに必要な時もあるけれど・・・・。
それにしても、わたしの書くブログって、皆さん、面白いと思ってくれているのかな?
ど~でもいい話・・・・・618
泣けないわけ 2・・・・・617
泣けないわけ・・・・・616
八十歳だって歩けるようになる!・・・・・615
安かろう、良かろう・・・・・614
手は口ほどに物を言う・・・・・613
泣けないわけ 2・・・・・617
泣けないわけ・・・・・616
八十歳だって歩けるようになる!・・・・・615
安かろう、良かろう・・・・・614
手は口ほどに物を言う・・・・・613
Posted by ちよみ at 22:12│Comments(6)
│ちょっと、一服・・・・・ 30
この記事へのコメント
こんばんは。
ちよみさんからは何度もコメントを頂いていますが、私からコメント入れさせて頂くのは初めてですね。
いつもちよみさんの記事を楽しく読ませて頂いています。
「楽しく」というと語弊があるのかもしれませんが、「なるほど」と思わされたり、そういう解釈もありかなと思ったり。何かと世間知らずの私には大変勉強になります。
もちろんいつもちよみさんと同じように感じるわけではありませんが、「うんうん」とうなずくことも度々です。
思ったことを文で書くことが得意ではないので、滅多にこれまでコメントできていませんでしたが、これからも楽しみにしています!
今後ともよろしくお願いします。
ちよみさんからは何度もコメントを頂いていますが、私からコメント入れさせて頂くのは初めてですね。
いつもちよみさんの記事を楽しく読ませて頂いています。
「楽しく」というと語弊があるのかもしれませんが、「なるほど」と思わされたり、そういう解釈もありかなと思ったり。何かと世間知らずの私には大変勉強になります。
もちろんいつもちよみさんと同じように感じるわけではありませんが、「うんうん」とうなずくことも度々です。
思ったことを文で書くことが得意ではないので、滅多にこれまでコメントできていませんでしたが、これからも楽しみにしています!
今後ともよろしくお願いします。
Posted by みすずかる at 2010年06月15日 22:35
みすずかるさまへ>
コメント、ありがとうございます!
いつも拙ブログをお読み頂き、ありがとうございます。
みすずかるさんはまだお若いのに、とてもしっかりした考えをお持ちだと、ブログを拝見し、いつも感心しております。
また、お撮りになる写真の素晴らしさにも圧倒されます。
これからも、楽しみに読ませて頂きます。
こちらこそ、よろしくお願いいたします。
コメント、ありがとうございます!
いつも拙ブログをお読み頂き、ありがとうございます。
みすずかるさんはまだお若いのに、とてもしっかりした考えをお持ちだと、ブログを拝見し、いつも感心しております。
また、お撮りになる写真の素晴らしさにも圧倒されます。
これからも、楽しみに読ませて頂きます。
こちらこそ、よろしくお願いいたします。
Posted by ちよみ
at 2010年06月15日 22:53

お邪魔いたします。
>その乳児の足の骨を折った五月女容疑者だって、実際に子供一人を育ててみれば、どんなに育児が過酷なものかが判るはずだ。
五月女容疑者、実際に子供を育てたことのある女性でしたね。
ネットでも未婚女性の嫉妬だとか散々言われ、結婚歴があり子供を産んだこのある女性を神格化する風潮がありますが、これが実態だと思います。
確認もせずに、「子供をそんな目に遭わせるのは子供も産んだことのない女だ」と決め付けるのには首を傾げます。
子供の殺人犯の9割は実の母親ですし。
もう、昭和までの母性なんていうものはないのでしょう。
>その乳児の足の骨を折った五月女容疑者だって、実際に子供一人を育ててみれば、どんなに育児が過酷なものかが判るはずだ。
五月女容疑者、実際に子供を育てたことのある女性でしたね。
ネットでも未婚女性の嫉妬だとか散々言われ、結婚歴があり子供を産んだこのある女性を神格化する風潮がありますが、これが実態だと思います。
確認もせずに、「子供をそんな目に遭わせるのは子供も産んだことのない女だ」と決め付けるのには首を傾げます。
子供の殺人犯の9割は実の母親ですし。
もう、昭和までの母性なんていうものはないのでしょう。
Posted by とおりすがり at 2010年06月23日 13:20
とおりすがり様へ>
そうでしたか。
五月女容疑者は、子供を育てた経験があったんですね。
だとしたら、わたしが以前から気になっていたもう一つの原因が考えられますね。
特に、女性に多いそうですが、他人の赤ん坊の足を母親が見ていないところでこっそりと抓るとか、要するに、小さくて抵抗の出来ない存在を痛めつけることで快感や達成感を得るという、ある種の精神疾患があるということを聞いたことがあります。
これも、わたしの想像ですが、そういうことも考えられるのではないでしょうか。
と、なると、「相手が幸福そうで羨ましかった」という供述は、五月女容疑者のつじつま合わせなのかもしれません。
精神疾患とは言っても、感情面だけのことですから、どのように説明すれば、相手に理解しやすいかということは、ちゃんと計算できます。
わたしは、特段、子供を産んだ母親を神格化している訳ではありません。むしろ、母親という存在ほどある意味精神的に社会性に乏しい物はいないとさえ思うことすらあります。何故ならば、すべてが子供第一になってしまうという場合があり、それ以上は言わずもがなでしょう。
この記事では、もしもこの容疑者が子供を育てたことがない人ならば---の前提で書いたもので、この時点では、まだその事実が判りませんでしたから、こちらの理由を書いておいたのです。
子供を虐待するという理由は、さまざまありますが、時には、自分でも理由が判らないが、そうしなければ我慢が出来ないという精神状態の人もいるのです。
そうでしたか。
五月女容疑者は、子供を育てた経験があったんですね。
だとしたら、わたしが以前から気になっていたもう一つの原因が考えられますね。
特に、女性に多いそうですが、他人の赤ん坊の足を母親が見ていないところでこっそりと抓るとか、要するに、小さくて抵抗の出来ない存在を痛めつけることで快感や達成感を得るという、ある種の精神疾患があるということを聞いたことがあります。
これも、わたしの想像ですが、そういうことも考えられるのではないでしょうか。
と、なると、「相手が幸福そうで羨ましかった」という供述は、五月女容疑者のつじつま合わせなのかもしれません。
精神疾患とは言っても、感情面だけのことですから、どのように説明すれば、相手に理解しやすいかということは、ちゃんと計算できます。
わたしは、特段、子供を産んだ母親を神格化している訳ではありません。むしろ、母親という存在ほどある意味精神的に社会性に乏しい物はいないとさえ思うことすらあります。何故ならば、すべてが子供第一になってしまうという場合があり、それ以上は言わずもがなでしょう。
この記事では、もしもこの容疑者が子供を育てたことがない人ならば---の前提で書いたもので、この時点では、まだその事実が判りませんでしたから、こちらの理由を書いておいたのです。
子供を虐待するという理由は、さまざまありますが、時には、自分でも理由が判らないが、そうしなければ我慢が出来ないという精神状態の人もいるのです。
Posted by ちよみ
at 2010年06月23日 14:42

お返事ありがとうございます。
なるほどと思わされる見解です。
他を痛めつけることで快感を得るとは、聞きかじりですが代理ミュンヒハウゼンのようなものでしょうか。
学生時代から女性が多い環境にいる者の実感としても、その性質を持った女性が多いということには非常にうなずけます。
また、母親を神格化していると申し上げたのはちよみ様のことではなく、この事件の報道に大してネットでコメントしていた母親と思しき人たちを指しているつもりでした。
紛らわしくて申し訳ありません。
なるほどと思わされる見解です。
他を痛めつけることで快感を得るとは、聞きかじりですが代理ミュンヒハウゼンのようなものでしょうか。
学生時代から女性が多い環境にいる者の実感としても、その性質を持った女性が多いということには非常にうなずけます。
また、母親を神格化していると申し上げたのはちよみ様のことではなく、この事件の報道に大してネットでコメントしていた母親と思しき人たちを指しているつもりでした。
紛らわしくて申し訳ありません。
Posted by とおりすがり at 2010年06月24日 11:25
とおりすがり様へ>
代理によるミュンヒハウゼン症候群も、結局は、満たされない気持ちを周囲の人に理解し、認めて欲しいと思う欲求がなせる精神疾患の一つですよね。
特に、病院へ子供を入院させている場合などは、「お母さま、本当に頑張っていますね」と、自分を褒めてくれる人たちが医師とか看護師などの専門分野に特化する人々であるために、その母親の犯行がよりエスカレートすることもあるようです。
母親に限らず、社会から孤立する女性たちは、常にだれかに認めて欲しい、褒められたいという渇望感をかかえているのだそうです。
この五月女容疑者もそんな女性の一人だったのかもしれませんね。
これは、わたしの意見ではありませんが、年配の女性たちに言わせますと、最近の子供を持つ女性たちは、まるで子供を産んだことを水戸黄門の印籠代わりのように使っているようだと、思うのだそうです。
かつての母親たちは、子供を産んだことで、その子供が世の中に迷惑をかけてはいないか、そちらの方が気になって、いつも小さくなって頭を下げていたというのが実態のようです。
つまり、もしも、五月女容疑者の中にそんな母親たちに対する嫉妬があったとすれば、それはもしかしたら「羨ましい」という気持ち以上に、「大きな顔をして!何様のつもり?」という反感の方が強かったのかもしれませんね。
代理によるミュンヒハウゼン症候群も、結局は、満たされない気持ちを周囲の人に理解し、認めて欲しいと思う欲求がなせる精神疾患の一つですよね。
特に、病院へ子供を入院させている場合などは、「お母さま、本当に頑張っていますね」と、自分を褒めてくれる人たちが医師とか看護師などの専門分野に特化する人々であるために、その母親の犯行がよりエスカレートすることもあるようです。
母親に限らず、社会から孤立する女性たちは、常にだれかに認めて欲しい、褒められたいという渇望感をかかえているのだそうです。
この五月女容疑者もそんな女性の一人だったのかもしれませんね。
これは、わたしの意見ではありませんが、年配の女性たちに言わせますと、最近の子供を持つ女性たちは、まるで子供を産んだことを水戸黄門の印籠代わりのように使っているようだと、思うのだそうです。
かつての母親たちは、子供を産んだことで、その子供が世の中に迷惑をかけてはいないか、そちらの方が気になって、いつも小さくなって頭を下げていたというのが実態のようです。
つまり、もしも、五月女容疑者の中にそんな母親たちに対する嫉妬があったとすれば、それはもしかしたら「羨ましい」という気持ち以上に、「大きな顔をして!何様のつもり?」という反感の方が強かったのかもしれませんね。
Posted by ちよみ
at 2010年06月24日 15:25

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