~ 炎 の 氷 壁 ~ 31
2009年03月22日
スキーパトロール本部で電話の受話器を取ったのは高木主任であった。雄介は、今まさに目の前で起きた雪崩(なだれ)事故について懸命に説明をすると、すみやかな時任と野田の救助を要請する。その話し方が、あまりに性急であったため、高木主任は何度となく雄介に情報を確認し返しながらも、すぐに対応措置を講ずると、約束した。しかし、高木は、電話を切る際、雄介に、
「------くれぐれも、自分一人で雪崩が起きた斜面に入り、二人を捜索しようなどとは思うなよ!二次遭難の危険があるからな!」
と、強く言い含めた。だが、雄介は、それには答えなかった。このまま、ここで手を拱いていたのでは、自分が時任たちを見殺しにしたことになってしまう。そのような卑怯な真似は、男として、また、スキーパトロール員として絶対にしたくはないと、思っている。いや、それ以上に、時任圭吾を何としても助け出さねばならないという強い信念が、雄介の決意を堅固なものにしていた。
雄介は、携帯電話を切ると、高木主任の命令を無視して、表層雪崩が発生したばかりの『魔の壁』の急斜面へと、降りて行った。谷底から吹き上げる強風が時折ブリザードの如く雪煙を巻き上げ、容赦なく顔面を殴りつけて来る。寒風にさらされ噴き出す涙を必死で手で拭いつつ、いつまた崩れ始めるか判らない不安定な足元を気にしながらも、慎重に歩を進めて行く。一歩間違えれば、雄介自身が斜面を転がり落ち、命を失いかねないのである。焦る気持ちに、精一杯のブレーキをかけながら、雄介は、やっとの思いで、雪崩が覆い尽くしているランディングバーンの辺りへと辿り着いた。
しかし、そこは辺り一面真っ白な不毛の世界である。聞こえるのは、深い峡谷を吹き抜ける風の音ばかりで、他には何一つない。雄介は、時任の名を大声で呼びたい衝動にかられたが、それは出来なかった。自分の声が、再度の雪崩の引き金にならないとも限らないためである。呼び掛けすら出来ない苛立ちと、レースを止めることの出来なかった激しい後悔の念が、雄介の胸中を苦しく締め付ける。疲労と絶望感で、打ちひしがれた雄介は、とうとうその場へ崩れるように座り込んでしまった。
これでは、いったい何処を探せばいいのか・・・・。時任も、野田も、この巨大な雪の塊の下敷きになってしまっているのだろうか?それとも、怒涛のような雪流に押し流されて、谷底へと落下してしまったのか?------途方に暮れる雄介は、目の前が真っ暗になる悲壮感に、完全に打ちのめされていた。
すると、その時である。何処からともなく、人の呻き声のような音が、かすかに聞こえて来た。
「・・・・・・・・・・」
雄介は、自分の耳を疑いながらも、首を巡らして、周辺を見渡す。-------が、やはり、耳に入って来るのは、寒々と吹きつける風の音ばかりである。------やはり、空耳か・・・・。と、思い、悄然と落胆の色を面(おもて)に宿し、唇を噛んだ瞬間だった。
「雄介・・・・・・」
弱々しいが聞き覚えのある声が、はっきりと雄介の耳に届いた。それは、紛れもない時任圭吾の声であった。
「時任さん------!」
雄介は、必死でその声のする方へと歩き出すや、ほんのわずかに開いた雪の層の隙間に、雪まみれの上半身を持ち上げるようにして埋もれている時任の姿を発見した。雄介は、正に躍り上がらんばかりの興奮に逸る気持ちで、時任のそばへ駆け寄るや、傍らへと跪(ひざまず)くと、死に物狂いで両素手をスコップ代わりに使い、痺(しび)れるような冷たさも忘れて、雪の下に埋まり込んだその身体を渾身の力をこめて引きずり出した。
制帽は脱げ、髪にも真っ白な雪をかぶった時任の顔面は、真っ蒼に冷え切り、唇も紫色に凍り付いてはいたが、雄介の腕の中に横たわりながらも、何かを訴えようと懸命に口を開こうとする。雄介は、その声を聞くため、時任の口元へ自分の耳を近付けた。
「-------雄介、本部へ連絡しろ・・・・。黒鳥真琴のいる場所が判ったと・・・・」
「本当ですか!?でも、どうして-------?」
「雪崩がおれたちを襲う直前・・・・、野田が、教えてくれたんだ・・・・。彼女は、横手山ロッジの客室の何処かにいる。野田が彼女を拉致し、監禁していたんだ・・・・。だから、早く本部へ伝えるんだ・・・・」
時任は、苦しい息の中で、そこまでを何とか話すと、すうっと意識が遠退いて行くように、瞑目したまま静かになってしまった。
「時任さん!しっかりしてくれ!時任さん-------」
雄介は、驚き、焦燥にかられながらも、何とか気持ちを立て直すと、先ほどの携帯電話を取り出して、時任の指示に従いスキーパトロール本部へ連絡を入れた。そして、再び電話口へ出た高木主任に、
「-------黒鳥真琴さんの居場所が判明しました!横手山ロッジ内の客室の何処かに監禁されています。------それと、たった今、時任パトロール員を雪中より救出しました。こちらも、生存しています。早急に応援をよこして下さい!」
そう告げたのち、雄介は携帯電話を切ると、彼の腕の中で、意識を失ったままの時任の身体をしっかりと抱き締めた。
やがて、紺碧の上空には、長野県警の山岳遭難救助用のヘリコプターがプロペラ音を轟かせながら旋回し、横手山スカイパークスキー場・スキーパトロール本部からの雪崩事故発生の連絡を受けた救助隊も、麓の熊の湯温泉より『魔の壁』を目指して登攀(とうはん)を開始した。
<この小説はフィクションです。登場する人物名及び団体名は、すべて架空の物ですので、ご了承下さい>
~今日の雑感~
日本には、古代より独特の色彩感覚があったと言われます。例えば、赤の色一つとっても、よりピンク色に近い物を「紅梅」それから徐々に深紅に近付くにつれて、「紅」「赤」「蘇芳(すおう)」と変化して行きますし、若草色系統も、「もえぎ」「こけ色」「古代青」などというように、豊かな表現で分けられています。
今回の野球のWBCおける日本代表侍ジャパンのユニフォームに採用された色も、単なる濃紺と呼ぶのではなく、「褐色」と、書いて「かちいろ」というのが正式な色の呼称であるとのこと。「褐色(かっしょく)」とは、普通は、黒みのある茶色のことを指すのですが、こういう勝負事に使う時は、これを「かちいろ」と、呼んで、濃紺よりも濃いほとんど黒に近い物を指すのだそうです。そして、この「褐色」は、文字通り武士が戦場に赴く時に身にまとう色なのだそうで、正に、決死の覚悟を表現しているのだと言います。
そういえば、あの侍ジャパンのユニフォームを見て、「何処かで見たような気がする」と、思われた方も多いのではないでしょうか?実は、わたしも、あれを見た瞬間、濃紺と赤の色の配置に、「もしや・・・・」と、思い当たる物がありました。それは、日本各地にある消防団の制服である消防法被(はっぴ)の色の配置にそっくりなのです。デザイナーの人は、そこからヒントを得たのでしょうか?そんな訳で、彼ら選手を見ている時のわたしのイメージは、侍というよりも、選手たちが江戸は八百八町の「町火消し」の若い衆に見えて仕方がないのです。(^-^)
しかし、WBCといえば、日韓戦で韓国が勝利した時、必ずといって(前回もそうでしたが)韓国選手が球場のマウンドに韓国の国旗(太極旗)を突き立てるのですが、あれは頂けません。いくら嬉しいからといっても、あの態度はあまりに度を超したマナー違反です。岩村選手も怒りを露わにしていましたし、あれは、野球を愛する人々の感覚からすれば、球場に対する冒涜であり、道徳的にも決して容認できるものではありません。球場側も何故注意をしないのでしょうか?それとも、韓国選手が、その忠告にも耳を傾けないのでしょうか?今後は、何らかの処分なり、対策を講じて頂きたいものです。
ところで、昨日、中野市営野球場で行われた、信濃グランセローズ対全足利クラブによる練習試合は、一対五でグランセローズが敗れました。ほとんど通年のレギュラー陣を先発させた試合だったようですが、新入団選手が十人もいるのですから、思い切って彼らの実力を試してみるのも手ではなかったのかと、思いました。と、同時に今年のグランセローズには、「思い切り」が必要なのではないかと感じました。(しかし、何故、グランセローズが、毎度毎度波に乗り切れないのか、何となく思い当たる節はあるのですがね・・・・)(^_^;)
「------くれぐれも、自分一人で雪崩が起きた斜面に入り、二人を捜索しようなどとは思うなよ!二次遭難の危険があるからな!」
と、強く言い含めた。だが、雄介は、それには答えなかった。このまま、ここで手を拱いていたのでは、自分が時任たちを見殺しにしたことになってしまう。そのような卑怯な真似は、男として、また、スキーパトロール員として絶対にしたくはないと、思っている。いや、それ以上に、時任圭吾を何としても助け出さねばならないという強い信念が、雄介の決意を堅固なものにしていた。
雄介は、携帯電話を切ると、高木主任の命令を無視して、表層雪崩が発生したばかりの『魔の壁』の急斜面へと、降りて行った。谷底から吹き上げる強風が時折ブリザードの如く雪煙を巻き上げ、容赦なく顔面を殴りつけて来る。寒風にさらされ噴き出す涙を必死で手で拭いつつ、いつまた崩れ始めるか判らない不安定な足元を気にしながらも、慎重に歩を進めて行く。一歩間違えれば、雄介自身が斜面を転がり落ち、命を失いかねないのである。焦る気持ちに、精一杯のブレーキをかけながら、雄介は、やっとの思いで、雪崩が覆い尽くしているランディングバーンの辺りへと辿り着いた。
しかし、そこは辺り一面真っ白な不毛の世界である。聞こえるのは、深い峡谷を吹き抜ける風の音ばかりで、他には何一つない。雄介は、時任の名を大声で呼びたい衝動にかられたが、それは出来なかった。自分の声が、再度の雪崩の引き金にならないとも限らないためである。呼び掛けすら出来ない苛立ちと、レースを止めることの出来なかった激しい後悔の念が、雄介の胸中を苦しく締め付ける。疲労と絶望感で、打ちひしがれた雄介は、とうとうその場へ崩れるように座り込んでしまった。
これでは、いったい何処を探せばいいのか・・・・。時任も、野田も、この巨大な雪の塊の下敷きになってしまっているのだろうか?それとも、怒涛のような雪流に押し流されて、谷底へと落下してしまったのか?------途方に暮れる雄介は、目の前が真っ暗になる悲壮感に、完全に打ちのめされていた。
すると、その時である。何処からともなく、人の呻き声のような音が、かすかに聞こえて来た。

「・・・・・・・・・・」
雄介は、自分の耳を疑いながらも、首を巡らして、周辺を見渡す。-------が、やはり、耳に入って来るのは、寒々と吹きつける風の音ばかりである。------やはり、空耳か・・・・。と、思い、悄然と落胆の色を面(おもて)に宿し、唇を噛んだ瞬間だった。
「雄介・・・・・・」
弱々しいが聞き覚えのある声が、はっきりと雄介の耳に届いた。それは、紛れもない時任圭吾の声であった。
「時任さん------!」
雄介は、必死でその声のする方へと歩き出すや、ほんのわずかに開いた雪の層の隙間に、雪まみれの上半身を持ち上げるようにして埋もれている時任の姿を発見した。雄介は、正に躍り上がらんばかりの興奮に逸る気持ちで、時任のそばへ駆け寄るや、傍らへと跪(ひざまず)くと、死に物狂いで両素手をスコップ代わりに使い、痺(しび)れるような冷たさも忘れて、雪の下に埋まり込んだその身体を渾身の力をこめて引きずり出した。
制帽は脱げ、髪にも真っ白な雪をかぶった時任の顔面は、真っ蒼に冷え切り、唇も紫色に凍り付いてはいたが、雄介の腕の中に横たわりながらも、何かを訴えようと懸命に口を開こうとする。雄介は、その声を聞くため、時任の口元へ自分の耳を近付けた。
「-------雄介、本部へ連絡しろ・・・・。黒鳥真琴のいる場所が判ったと・・・・」
「本当ですか!?でも、どうして-------?」
「雪崩がおれたちを襲う直前・・・・、野田が、教えてくれたんだ・・・・。彼女は、横手山ロッジの客室の何処かにいる。野田が彼女を拉致し、監禁していたんだ・・・・。だから、早く本部へ伝えるんだ・・・・」
時任は、苦しい息の中で、そこまでを何とか話すと、すうっと意識が遠退いて行くように、瞑目したまま静かになってしまった。
「時任さん!しっかりしてくれ!時任さん-------」
雄介は、驚き、焦燥にかられながらも、何とか気持ちを立て直すと、先ほどの携帯電話を取り出して、時任の指示に従いスキーパトロール本部へ連絡を入れた。そして、再び電話口へ出た高木主任に、
「-------黒鳥真琴さんの居場所が判明しました!横手山ロッジ内の客室の何処かに監禁されています。------それと、たった今、時任パトロール員を雪中より救出しました。こちらも、生存しています。早急に応援をよこして下さい!」
そう告げたのち、雄介は携帯電話を切ると、彼の腕の中で、意識を失ったままの時任の身体をしっかりと抱き締めた。
やがて、紺碧の上空には、長野県警の山岳遭難救助用のヘリコプターがプロペラ音を轟かせながら旋回し、横手山スカイパークスキー場・スキーパトロール本部からの雪崩事故発生の連絡を受けた救助隊も、麓の熊の湯温泉より『魔の壁』を目指して登攀(とうはん)を開始した。
<この小説はフィクションです。登場する人物名及び団体名は、すべて架空の物ですので、ご了承下さい>
~今日の雑感~
日本には、古代より独特の色彩感覚があったと言われます。例えば、赤の色一つとっても、よりピンク色に近い物を「紅梅」それから徐々に深紅に近付くにつれて、「紅」「赤」「蘇芳(すおう)」と変化して行きますし、若草色系統も、「もえぎ」「こけ色」「古代青」などというように、豊かな表現で分けられています。
今回の野球のWBCおける日本代表侍ジャパンのユニフォームに採用された色も、単なる濃紺と呼ぶのではなく、「褐色」と、書いて「かちいろ」というのが正式な色の呼称であるとのこと。「褐色(かっしょく)」とは、普通は、黒みのある茶色のことを指すのですが、こういう勝負事に使う時は、これを「かちいろ」と、呼んで、濃紺よりも濃いほとんど黒に近い物を指すのだそうです。そして、この「褐色」は、文字通り武士が戦場に赴く時に身にまとう色なのだそうで、正に、決死の覚悟を表現しているのだと言います。
そういえば、あの侍ジャパンのユニフォームを見て、「何処かで見たような気がする」と、思われた方も多いのではないでしょうか?実は、わたしも、あれを見た瞬間、濃紺と赤の色の配置に、「もしや・・・・」と、思い当たる物がありました。それは、日本各地にある消防団の制服である消防法被(はっぴ)の色の配置にそっくりなのです。デザイナーの人は、そこからヒントを得たのでしょうか?そんな訳で、彼ら選手を見ている時のわたしのイメージは、侍というよりも、選手たちが江戸は八百八町の「町火消し」の若い衆に見えて仕方がないのです。(^-^)
しかし、WBCといえば、日韓戦で韓国が勝利した時、必ずといって(前回もそうでしたが)韓国選手が球場のマウンドに韓国の国旗(太極旗)を突き立てるのですが、あれは頂けません。いくら嬉しいからといっても、あの態度はあまりに度を超したマナー違反です。岩村選手も怒りを露わにしていましたし、あれは、野球を愛する人々の感覚からすれば、球場に対する冒涜であり、道徳的にも決して容認できるものではありません。球場側も何故注意をしないのでしょうか?それとも、韓国選手が、その忠告にも耳を傾けないのでしょうか?今後は、何らかの処分なり、対策を講じて頂きたいものです。
ところで、昨日、中野市営野球場で行われた、信濃グランセローズ対全足利クラブによる練習試合は、一対五でグランセローズが敗れました。ほとんど通年のレギュラー陣を先発させた試合だったようですが、新入団選手が十人もいるのですから、思い切って彼らの実力を試してみるのも手ではなかったのかと、思いました。と、同時に今年のグランセローズには、「思い切り」が必要なのではないかと感じました。(しかし、何故、グランセローズが、毎度毎度波に乗り切れないのか、何となく思い当たる節はあるのですがね・・・・)(^_^;)