トラブルメーカーの心理とは?
2013年10月26日

世の中には平和が嫌いで、折に触れて何らかの問題が起きることを期待しているような人がいる。
たとえば、ママ友グループ内には、常に事件が持ち上がっていないと嬉しくないという人である。
そういう人は、平穏無事が好きではないので、何もないところへもわざわざ他人のあらさがしなどをして、何かしらの煙を立たせたがる。
こういう人は、いったいどんな心理状態でいるのかと常々不思議だったのだが、その理由の一端が、昨日のいじめについて考えるNHKの討論番組内で語られていた。
「いじめる側になる子供は、決して一人ではいじめを行なわない。必ず何人かの仲間を巻き込んで、一人をいじめるのだ。その理由としては、いじめをすることで、いじめる側に集団意識や結束が生まれるために、いじめに加担した者たちは、孤独感を覚えずにすむということが挙げられる。
つまり、いじめる側になる人たちは、おしなべて寂しがり屋で自分に自信がない者たちなのである。自信がないために、自分よりも弱い者を見下すことで優越感を得、その時だけは生きている意味を自分自身で認めることが出来るのである」
この番組は、子供たちのいじめについて各界の有識者が話し合う場であったのだが、大人同士のいじめやトラブルにも充分に通用する内容であった。
要は、何故いじめが発生するのかということを考えれば、その理由は、子供も大人も大差ないとういうことなのである。
ここでも話題にのぼっていたのだが、いじめられる側の子供たちは、大概において他の生徒よりも秀でたものを持っていることが少なくないという。
容姿がきれい、勉強ができる、スポーツがうまい、家がお金持ちなどなど・・・。
出る杭は打たれるではないが、嫉妬や羨望の対象になるのだそうだ。
「あの子、生意気だよね」
そんなささいな妬みから、いじめの的になるのだという。
そのため、何故自分がいじめられるのか判らないという子供も多いそうだ。
何せ、いじめの発生にはこれこれこういうものだからなどという決まりきった定義はない。
いじめる側にとってみれば、理由など結局は何でもいいのである。
大人の社会も同じである。トラブルが起きることで、皆が悩んだり困惑すること自体が楽しいのだから。
そして、誰か一人をやり玉にあげて仲間が団結することが、問題を起こす者にとっては無上の快感となるわけであるから始末が悪い。
「あの人には、本当に困りものだわ」
などと如何にも困惑そうな顔をしながら、内心は高揚感でいっぱいなのである。
子供の頃にいじめを楽しんだ経験がある人は、大人になってからもその時の快感が忘れられずに必ずまた繰り返す。
いじめの芽は小さいうちに刈り取るに限る。
もしも、誰かが一人をターゲットに悪い噂などを流し始めたら、周囲の人たちはその人に向かって一言こう言おう。
「そんなに人が羨ましいかね?あんたは、よほど自分に自信がないんだな」
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