保育士の機転
2011年07月20日
保育士の機転

新聞の投書欄にあった話だが、東日本大震災の津波に襲われた地域で、保育士をしている女性が、園児を無事に避難させるために、とっておきの機転をきかせたそうである。
まだ、津波警報が発令されていない時点だったのだが、その女性保育士の勤める保育園では、このまま園児たちを保育園においておいたのでは不安だということで、自主的に高台への避難を決めたのだという。
しかし、まだ幼い園児たちに「津波が来るかもしれないから」などといえば、必ずパニックになると思った女性保育士は、まだ歩けない子供たちは乳母車に乗せ、歩ける子供たちには「これから先生と一緒にお散歩に行くよ」と、でも促したのだろう、皆で歌を歌いながら歩きだしたのだという。
園児たちも歌を歌いながらの避難のため、怖がることもなく、かなりの早歩きで高台まで歩ききったのだそうだ。
それから数分後、後ろを振り向いたら、今までいた保育園が大津波に飲まれていて、正に九死に一生を得たのだという。
幼い子供たちの気持ちを良く知っている保育士でなければできない機転だったと、投書を読んでいて感心した。
人の生死を分ける場面では、一瞬の判断が決め手になる。
女性保育士は、その判断力で、園児たちに心理的な負担を与えることなく最大限の力を発揮させた、正に保育のプロであったといえるだろう。
彼女は、避難所生活をしながら市の施設で園を再開し、今も子供たちのために頑張っている----と、投書は結んでいた。
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