大浴場の怪(後)・・・・・129

<不 思 議 な 話 >


大 浴 場 の 怪 (後)


    「香苗!!何処へ行くつもり!?」

    かおりは、なおも叫びますが、香苗にその声は届きません。驚いたかおりは、慌てて部屋を飛び出すと、階段を駆け下り、戸外へと走り出しました。そして、香苗のあとを追うと、闇の中に彼女の浴衣姿を見付け、背後からその腕をつかみました。

    「ねえ、香苗、何処へ行くつもりよ?」

    すると、香苗は、おもむろに、かおりを見て、

    「やだ、驚いた。-------どうしたの、かおり?もう、お風呂からあがったの?早かったじゃない」

    「何言ってんのよ。あんたこそ、何処へ行く気なの?それより、いったい、誰と話をしているの?何がそんなにおかしいのよ?」

    「誰って、仲居さんが、山の上にある露天風呂へ案内してくれるっていうから、連れて行ってもらうのよ。そこから見える麓の夜景が、とても綺麗なんですって。それに、仲居さんたら、面白い話を、いっぱい聞かせてくれて、-----ねェ?」

    そう言って、香苗は、自分の前方にいる筈の仲居の方へと目を移したのですが、何故か、そこには誰の姿もありません。

    「あれ-----?変ね、誰もいない・・・・。だって、あたし、今、その仲居さんと話をしながらここまで来たのに・・・・・?」

    かおりも、香苗も、急に恐ろしさを覚えて、今来た道を旅館の方へと引き返し始めました。と、その目の前に、俄に現れたのは、旅館の女将でした。

    「あれ、お客さんたち、どうしたんです?こんな夜中に外を出歩いたら危ないですよ」

    そこで、かおりは、今、香苗を露天風呂へ連れて行こうとした仲居の話を女将にしました。すると、女将は、まあ、と、驚きの声を上げ、

    「この旅館には、露天風呂はありませんよ。それに、そんな仲居さんもうちにはいません。こんな道を上まで上っても、崖があるだけですから、危険ですよ」

    と、言います。二人は、背筋が凍る思いで、再び旅館へ入りました。

    そして、かおりもまた、今し方、大浴場で見た恐ろしい妖怪のような女の話を、女将にしました。それを聞いた女将は、ああ・・・・と、大きく声を出して溜息をつくと、

    「やっぱり、出たのね・・・・・」

    「出たって、何なんですか?」

    急き込むように訊ねるかおりと香苗の顔を、女将は、かわるがわる見比べながら、

    「実は、あの化け物が原因で、この旅館は、もう何年も前から、閑古鳥が鳴いているの。今まで何人もいた仲居さんも皆やめてしまって、今では、わたし一人がここを切り盛りしているというわけ・・・・。でも、これでも、代々続いた、地元では一応名前の通った旅館だから、わたしの代でつぶすわけにもいかなくて・・・・・。ごめんなさいね、怖い思いをさせてしまって・・・・・」

    女将は、本当にすまなそうに二人に頭を下げました。




    一睡も出来ぬ間に、朝を迎えたかおりと香苗は、携帯電話でタクシーを呼ぶと、女将に見送られながらも、逃げ出すように、その老舗旅館をあとにしました。

    すると、そのタクシーの中で、やおら、運転手が奇妙なことを言い始めました。

    「ところで、お客さんたち、朝っぱらからあんなことろで何をしていたんだい?」

    「・・・・・どういうことですか?」

    かおりが、訝しげに訊き返すと、運転手は、いきなり大きな笑い声を立てて、

    「だって、あんな山の中のつぶれた旅館の前庭の草っ原で、二人の若い娘が、ぼうっと突っ立っているんだもんな。誰だって、変だと思うだろう。昨日は、同僚の運転手が、あんたたちを乗せたそうだけど、なんで、あんな十年も前に営業をやめた旅館に行きたがっているのか、おかしな女の子たちだって、首を傾げていたぜ」

    「何ですって------!?」

    「それじゃァ、あの女将さんは------!?」

    二人が、愕然と声を上げると、運転手は、なおも声を出して笑い、

    「女将さんなんて、あそこにはいないよ。あの旅館には、もう誰もいないんだよ。もしかして、タヌキにでも化かされたかね?」

    「うっそ~~~~~!!」

    かおりも香苗も、真っ蒼になり、恐る恐る今来たばかりの旅館のあった方角を振り返りました-------。



    今度、あなたが泊まろうとしている旅館は、本当に現実のものですか?そのパンフレット、もしや、十年も前のものではないでしょうね------?face03



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Posted by ちよみ at 23:18Comments(8)不思議な話 Ⅱ