避暑地の舞踏会・・・・・136
2009年08月21日
~ 今 日 の 雑 感 ~
避暑地の舞踏会
数年前、テレビで観たあるファンタジードラマに、わたしの大好きな物語がありました。

題名は忘れましたが、それは、夏の信州の避暑地を舞台にしたものでした。これを制作したスタッフは、おそらく、軽井沢辺りを想定していたのではないかと思います。
それは、こんなストーリーでした。
女性は、ひどく不機嫌そうで、どうやら、男性が予約しておいてくれた筈の有名なホテルに、その予約が入っていなかったということのようです。
「それで、今日は何処で泊まるわけ?まさか、自動車(くるま)の中なんていうんじゃないわよね」
女性は、恋人の男性に、不満をぶつけます。男性は、何処か別のホテルを見付けるから、心配するなよと、女性をなだめながら、自動車を運転して行きますと、目の前に、一軒の高級そうなリゾートホテルが現われました。
もっけの幸いと、二人は、そのホテルのフロントで、宿泊を頼みますが、フロント係の男性は、
「今の時季、避暑のお客様で、生憎当ホテルも満館です。申し訳ございません」
と、すまなそうに言います。しかし、どうしても、諦めきれない二人は、そのままロビーのソファーに、座り込んでしまいました。しばらくすると、そんな二人を見付けて、ホテルの支配人らしき中年男性が声をかけて来ました。
「お客様、どうしても、当ホテルにお泊りになりたいと言われるのでしたら、この新館は満室ですが、旧館の方に、一室空きがございますから、そちらへご案内いたしましょう」
願ってもない話に、二人は、安堵し、その旧館へと、支配人に案内してもらいました。
確かに、旧館というだけあって、部屋もややカビ臭く、やたらにレトロで、テレビもありません。汗を流そうと、女性が入った部屋付の浴室も、蛇口からは水しか出ず、どうやら、お湯は、ホテルのボーイが運んでくるというシステムになっているようでした。
「もう、何なの、この部屋?古いといったって、限度ってものがあるじゃない」
「そうカリカリするなよ。一晩、屋根の下で眠れるだけ良しとしようよ」
「なによ、こうなってしまったのは、誰のせいだと思っているのよ!」
二人が、またも口喧嘩を始めた時です。館内の何処からか、弦楽器が奏でる美しいクラシック音楽の響きが聞こえてきました。
不思議に思った二人が、部屋を出て、その音楽の方へと廊下を歩いて行くと、そこには、重厚そうな木製の扉があり、音楽は、どうやらその扉の向こうから流れて来ているようです。扉の中を覗いてみようとそのドアノブに手をかけて瞬間、ゆっくりと扉が左右に開き、そこに大きなダンスフロアーが現われたのです。
そのダンスフロアーでは、大勢の紳士淑女が三つ揃えのスーツや煌びやかなドレスに身を包み、如何にも楽しそうに、ワルツ音楽に乗って、優雅なステップを踏んでいたのでした。
「何なの、ここ------?まるで、社交界の世界ね・・・・・」
女性は、思わず溜息をつき、男性は、目を丸くしたまま、言葉を失いました。すると、そんな彼らを見た一人の品の良い婦人がそばへ近付いて来ると、優しげな目で、
「まあ、こんなお若い方が来て下さるとは、なんて、今夜は素敵なのかしら・・・・。さあ、あなた方も、フロアーにお入りになって。ご一緒に踊りましょうよ」
「え・・・・?でも、あたしたち、ダンスなんて出来ないし・・・・。それに、こんな恰好じゃァ-------」
女性が慌てて遠慮すると、その品のいい婦人は、いきなり、自分が肩にかけていたオーガンジー(薄絹)のショールを、彼女のショートパンツ姿の腰に巻いて、
「ほら、これでいいわ。綺麗になってよ------]
「・・・・素敵、ドレスみたい」
女性は、うっとりした表情になり、恋人の男性のエスコートで、ダンスの輪の中に入りました。ひとしきりダンスが続いた後で、司会者と思しき男性が、おもむろに人々の前に歩み出ると、こんなことを言いだしたのです。
「お集まりの紳士淑女の皆様、ここで、今年の『ひまわり娘』の発表に参りたいと存じます。『ひまわり娘』は、このひと夏を、ヒマワリの花のように、もっとも朗らかに、優雅に楽しく過ごしたと思われる女性に与えられる栄誉であります。------では、今年の『ひまわり娘』に選ばれたご婦人は、〇〇氏夫人の〇〇様であります!」
瞬間、会場中の視線が、いっせいに一人の年配の女性に集まりました。それは、今しがた、女性の腰にショールを巻いてくれた、あの婦人でした。
若い二人も嬉しくなって、会場の人々と一緒に、その年配の婦人へ、思いきり拍手を 送ったのでした。
「ちょっと、お客様、起きて下さい。こんな所で、眠られては困りますよ。お客様------」
「・・・・・・・・?」
肩をゆすられた二人が、ふっと目を覚ますと、そこには、如何にも迷惑顔で覗き込んでいる、ホテルのフロント係の男性がいました。彼らは、どうやら、ホテルのロビーのソファーに座り込んだまま、疲れのためにいつしか眠りこんで、そのまま翌朝を迎えてしまったらしいのでした。
「え・・・・・?今のは、夢・・・・・・?」
男性が、寝ぼけ眼で呟くと、女性も、また、
「ダンスフロアーは・・・・?」
不思議そうに、首を傾げます。そして、二人は、その後そのホテルをあとにしましたが、何故か、気持ちは、とても清々しく、幸せそのものでした。
自動車に乗り込んだ二人は、お互いが同じ夢を見ていたことを奇妙に思いましたが、それが、ただの夢ではなかったことは、判っていました。何故なら、助手席の女性の腰には、あの婦人のショールが、巻かれたままだったのですから・・・・・。
