お金を貸して下さい?・・・・・426

~ 今 日 の 雑 感 ~


お金を貸して下さい?



    ご近所の、とある薬局へ、バックパックを背負った一人の二十代前半と思える青年がやって来た。

    「ちょっと、風邪気味なので、風邪薬をください」

    と、言う。薬局のおばさんは、青年の症状を訊きながら、市販の総合感冒薬を勧めると、青年は、少し困った顔になり、突然、こう言ったのだった。

    「あの~、ぼく、お金持っていないんです。あちこち観光している間に、誰かに財布ごと盗まれてしまったみたいで・・・・。中には、カードも入っていたんですけれど・・・・。だから、この風邪薬代、貸しておいてもらえませんか?住所と電話番号と名前を書いて行きますから、あとで、必ずお支払いします」

    薬局のおばさんは驚いて、

    「そんなこと言ったって、あなた、この近くの人じゃないでしょ?どうやって、お金を持ってくるつもり?」

    「こちらの住所へ、現金書留で送ります。だから、お願いします」

    青年は、何度も頭を下げるので、おばさんは、仕方なく紙を差し出し、青年の住所と名前と連絡先を書いてもらった。そして、それにしても、まったく所持金がないのなら、ここからどうやって自宅まで帰るのだろうかと、心配になった彼女は、少しばかり、いつものお節介癖を出し、こう、訊ねた。

    「それで、あなた、お金もないのに、ここからどうやって家まで帰るの?それとも、交通費ぐらいは持っているの?」

    青年は、首を横に振り、それも持っていないと言う。

    「でも、何とかなると思います。ヒッチハイクって手もあるし・・・・」

    「ヒッチハイクだなんて、そんなこと危ないじゃないの。どうしても困ったら、この近くに交番があるから、そこで相談してみなさいよ。お巡りさんなら、何とか助けてくれるかもしれないし------」

    おばさんは、自分にも県外の大学へ在学中の一人息子がいるので、何となく、この青年に息子の姿を重ね合わせ、つい情にほだされてアドバイスした。青年は、ありがとうございますと、何度もお礼を言って、薬局を出て行った。

    しかし、それから二時間ほどして、同じ青年が、また、その薬局へやって来たのだった。

    応対に出たおばさんは、まだ、何か心配ごとでもあるのかと不審に思い、

    「どうしたの?交番へは行ってみた?」

    「はい、でも、交通費を貸すことは出来ないと言われて・・・・。それで、申し訳ないんですが、家まで帰るお金、5000円ほど貸してもらえないでしょうか?」

    「5000円-----?」

    「お願いします。必ず、薬代と一緒にお返ししますから」

    「・・・・・・・」

    薬局のおばさんは、内心、この青年に対しての疑いの気持ちと、気の毒だと思う気持ちとが葛藤したものの、やはり、息子とイメージが重なってしまい、またもや、仕方なく、5000円を貸すことに決めた。

    「それじゃ、気を付けてお帰りなさいね」

    「はい、ありがとうございます。必ず、家へ戻り次第お送りします」

    青年は、喜んで安堵の笑みを見せながら、薬局をあとにした。







    あれから、もう、十年以上経つ・・・・・。が、薬代も、交通費の5000円も未だにおばさんの元には送られては来ない。

    青年が書いた住所も、電話番号も、名前さえもがデタラメだった。

    もちろん、あの日、青年は、交番へも行ってはいなかった。

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