帰りたい場所は、何処ですか?・・・・・427
2010年03月12日
~ 今 日 の雑 感 ~
帰りたい場所は、何処ですか?
養護老人ホームなどで生活をしている認知症の高齢者によくみられる症状に、「帰宅願望」があるといいます。
「自分のいるべき場所は、こんな所ではないから、早く帰して欲しい」と、職員に頼むのだそうです。
職員は、毎度のことなので、「ここが、〇〇さんの新しいお家なんだよ。お友達もいるから、寂しくないでしょう?」と、なだめながら高齢者を部屋へ戻すのだそうですが、十分も経つと、また、
「家へ帰りたいので、送ってくれ」と、頼みに来るのだそうです。
それがあまりに頻繁なので、一度、その高齢者がかつて住んでいた家へ連れて行けば、少しは納得してくれるのかと思い、自動車に乗せて連れて行くこともあるといいますが、何故か、その元住んでいた住居を見ても、あまり懐かしがることがない人が多いのだそうです。
殊に、女性の高齢者にそういう傾向が見られるので、「あれほど、帰りたいと言っていたのに、どうして?」と、職員たちも不思議に思うのですが、その理由は、わたしには、とてもよく判ります。
何故なら、職員たちがその女性高齢者を連れて行くのは、彼女の本当の家ではないからです。
それは、嫁ぎ先のご主人の家であり、彼女が嫁として働いていた、いわゆる職場なのです。そんな職場に、何十年も住んでいたからといって、そこは、結局、最後まで彼女の家ではありません。
つまり、そういう女性高齢者が帰りたい家は、彼女たちが生まれ育った実家であり、「帰りたい」と、言っている彼女たちのその時の精神年齢は、ほぼ十代の、人生の中で一番楽しかった頃に逆戻りしていることが多いのです。
自分の父親がいて、母親がいて、いつ帰っても安心出来る最良の場所。-----彼女たちは、そこへ帰りたいと願うのです。
こんなことを言うと、ご主人たちには気の毒かもしれませんが、結婚している間は、本当にご主人のことを愛しているように見える奥さまも、実は、その深層心理では、やはり、無意識の仮面をかぶっているものなのです。
それは、たとえ自分の子供に対してでも、同様のことが言えるようです。子供の前でも、しっかりとした優しい母親を演じている彼女たちは、決して真の姿を見せません。
認知症になり、再び心が子供時代に戻った時に見せる姿こそ、その女性の真実の姿なのではないでしょうか?
わたしの家のご近所のおばあさんも、生前、わたしの父に、「段ボールと縄をもらいたい」と、頼んできたことがあり、父が驚いて、「そんなものをどうするんですか?」と、訊ねたところ、「これから実家へ帰るので、荷造りをするのだ」と、言うのです。
でも、そのおばあさんの実家は、既に誰も住む人がいないので何年も前に取り壊されたと、聞いていましたから、父は、そのおばあさんの家のお嫁さんにそのことを伝えると、お嫁さんは、とても驚いていたそうです。
この前、新聞に、こんな俳句が掲載されていました。
嫁し経ても 心の春は 山向こう
この家へ嫁いで来て、もう何十年も経つけれど、やはり、わたしの心の中に描く春の景色は、山の向こうの実家の家族と迎えた春なんですよ。
そう考えると、高齢者の「帰宅願望」も、決して不思議なことではなく、人間なら誰しも懐く当たり前の気持ちなのではないかと、思うのです。
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