漂流する老人たち
2013年01月25日

ナガブロに高齢者問題を述べると、途端にアクセス数が減るのだが、それでも、こうしたことは誰にとっても他人事では済まされない切実な事態なので、一応書いておく。
あるテレビ番組で、終の住処を追われ、行き場を失う低所得高齢者の問題を取り上げていた。
ある高齢男性は、細々の年金で妻とアパート暮らしをしていたが、妻が病気になり、その医療費がかさみ、妻が亡くなったあとは、貯金も底をついてアパートにいられなくなってしまった。

もちろん、年金だけでは賄えないので、生活保護を申請し、ようやくそこへの入居が決まったが、持ち込める所持品はほんのわずか。妻の遺骨と遺影、わずかな身の回りの品々を運ぶだけで、妻と暮らした40数年の思い出は、業者の手で容赦なく廃棄されてしまった。
しかし、男性にとって入居出来た施設も安住の地とはいえない。何故なら、そこも、もし男性が病気や認知症を患ったら退去しなければならないという決まりだからだ。
このような高齢者受け入れ施設のほとんどには医療設備が整っておらず医師も常駐していないため、認知症が進んだり病気が悪化した場合は、別の施設へ移らなければならないという条件付きとなっている。
また、ある高齢男性は、妻に先立たれ息子と暮らしていたが、自分が大腸がんを患い入院。退院後、今度は息子が脳こうそくで倒れ男性の介護が出来なくなってしまったために、自宅を売り、施設へ入らなければならなくなってしまった。
施設へ入れば、もう簡単に墓参りも出来なくなるとのことで、妻の墓前に跪いた男性は、懸命に働いて築いてきた人生の最後がこのような惨めな状態になってしまったことを悔やんで男泣きに泣いていた。
そして、86歳の女性は認知症が進んだために、シングルマザーの娘が仕事と介護の両立が難しくなり、自宅のある東京から往復三時間の場所にようやく女性を預かってくれる施設を見付け、そこへ入所させることが出来た。
「こんなところにいたくない。家へ帰る」と、泣く母親を見ながら、娘は、「仕事をしなければならいので、とても介護までは手が回らない。可哀そうだけれど、我慢してもらわないと・・・」と、苦渋の決断をした経緯を語る。
が、この施設も、女性の認知症がこれ以上進んだ場合は、出て行かなければならないのだという。
こうした低所得高齢者の受け皿がどんどん少なくなりつつある今日、ついにホームレス一時収容施設にまで、高齢者が入居するようになってしまったのだという。
ここに入居した高齢者は、小さな一人部屋へ入れられ、毎日三度の簡単な食事だけを与えられるだけの生活を余儀なくされる。
しかも、病気になって長期入院したのちは、もはやその施設へ戻ることは出来ない。そんなことをもう三度も繰り返しているという男性もいた。
国は、今そうした低所得者でも入居できる介護施設を急ピッチで建設しているそうだが、それでも急速な超高齢社会はそれ以上のスピードで進み、今後は今以上の大量施設漂流高齢者が増え続ける計算だとか・・・。
一生懸命真面目に働いてきた人たちに対して、国からの報いがこの悲惨な仕打ちなのかと思うと、そんな希望も安心もない現実を目の当たりにする若者たちも、ますます働く意欲をなくしてしまうことだろう。
この問題は、何も高齢者の悲劇ということだけで括られる話ではない。
日本という国の誠意の本質が問われる大事件でもあることを忘れてはならない。
続きを読む