日々の雑感 16

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    1日に米国で急逝した夫で駿河台日大病院外科部長、山形基夫さん(享年56)と現地で悲しみの対面をした女優、鈴木杏樹(43)が7日、日航機で帰国した。

    グレーのコート姿で憔悴しきった表情の杏樹は、タートルネックセーターで口元を隠して成田空港の到着ロビーに姿をみせた。報道陣から「だんな様には何と言葉を…」と聞かれると気丈に一礼し、そのまま無言で迎えの車に乗り込んだ。

    関係者によると、山形さんは5、6年前から肝臓疾患を抱えながらも、多くの患者から慕われる“名医”としての責務から、精力的に診察や手術をこなしてきた。昨年末に移植手術のためボストンの病院に入院していたが、手術前日に容体が急変。帰らぬ人となった。

    杏樹は日本時間1日朝に訃報を受けると、翌2日に現地へ向かい最愛の夫と対面。悲しみに暮れながらも、夫の帰国手続きなどを行ったという。

    
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    山形さんとの出会いは98年1月。司会を務めるフジテレビ「ミュージックフェア」(土曜後6・00)出演中に腹痛を訴え、同病院に入院。山形さんの執刀で手術を受けた。パソコンが同じ趣味だったことから意気投合。退院後にメール交換をしているうちに交際が始まり、交際4カ月で婚姻届を提出した。(YAHOO!ニュース)




    ドラマ『相棒』でも「花の里」の二代目女将役が可愛らしい鈴木杏樹。

    以前、トーク番組でご主人のことをこんな風に話していた。

    「お腹が痛くて病院に運ばれた時、この人ならわたしを助けてくれると思った。それからは、食べる物にも気を遣うようにとアドバイスしてくれて、料理についても化学者の目線で色々と教えてくれるんです」

    本当に幸せそうで、観ているこちらまで笑顔になるほどだった。

    命を助けられたというご主人への無上の信頼と安心感が、彼女の言葉の端々から伝わってくる番組だった。

    そのご主人が亡くなるとは・・・。

    今度は、自分の方がご主人を助けなければ----という彼女の思いも届かず、帰らぬ人に----。

    記事を読んでいて、運命の皮肉を感じざるを得なかった。





    山ノ内町の湯田中駅で、数年前から外国人旅行者のための通訳ボランティアをしているという会社員女性のことが、新聞記事になっていた。

    困っている外国人旅行客を見かけると、率先して英語で声をかけ、切符の買い方やバスの乗り方などを教えるのだという。

    仕事の合間の時間を利用しての「おもてなしボランティア」だそうだが、本来ならばこうした活動は地元の観光業者が進んで行なうべきものではないだろうか。

    自分のところの個人的利益だけを考えているため、お金にならなければ誘客運動をしないという業者が大半だが、他人に「おもてなしの心得」を指導するほどのご立派な立場なのだから、そのくらいの矛盾に気付いて欲しいものである。

    研修といいながら、飲み食いするだけの旅行や会合をしている暇があるなら、通訳ボランティアをするための外国語の勉強でもしたら如何だろう?





    最近は、人間の心理や感情などメンタルな部分に関することを生業としている人が増えたが、こういう人たちが書いているブログを見ると、カウンセリング料や、相談料などを記した、ビジネスのための広告として使用しているものが目につく。

    それよりも、せっかくの匿名性が許されるブログである。自分の素性や職業には触れずに、何処にでもいる一人間の顔で記事を書いてみる方が、よほど真の人間観察が出来ると思うのだが・・・。

    「わたしは、これこれこういう者です。こんな資格や、経歴もあります」という具合に、最初から大上段に構えていては、それこそ肩書というフィルターを通してしか人の気持ちを汲むことは出来ない。

    わたしは、最初の頃は何一つプロフィールを公開しなかった。おかげで、現実社会ではまずあり得ない興味深い体験もさせてもらうことが出来た。




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Posted by ちよみ at 17:52Comments(0)ちょっと、一息 39

日々の雑感 15

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    Facebookの使い方について書かれた記事に、次のような文章があった。




    「マクドナルドでさくっとお昼を済ませたときは写真をアップしないけど、有名なステーキハウスの予約が取れたときは写真を撮りまくるの。意味、分かるでしょ?」とのこと。

    つまり自分が自慢できたり、他人にうらやましがられる体験をしたときには積極的に自分のタイムラインに写真をアップするけれど、そうでないときは沈黙するというのです。写真、行った場所、思ったことなど、全てにおいて、このフィルタがかけられて投稿されるのが、ビジネスで使われるFacebook。

    言い方はアレだけど、仕事をする個人にフォーカスするとFacebookは「リア充アピールのツール」の色を強めていくのだろうか。(YAHOO!ニュース抜粋)




    フェイスブックに限らず、ブログも同じようなことが言えると思う。

    つまり自分が自慢できたり、他人にうらやましがられる体験をしたときには積極的に記事をアップするわけだ。

    このような使い方に、アメリカでは既にユーザーが疲れて来てしまっているという記事である。

    読む方も疲れるし、書く方も疲れる。

    特に読む方は、いちいち羨ましがるコメントを書きこまなければならないというのは、きついものがあるのだろう。

    ただ、お互いに「リア充」を褒め合うことが出来るユーザー同士ならば、まだ疲れ具合は少なくてすむだろうが、そううまくはことは運ばない。

    こうした自らの「リア充」をアピールしたがるユーザーは、他人の「リア充」が悔しくてならないという性格も併せ持つのが普通だからだ。

    他人が自分よりも充実した生活を満喫しているようなことは、絶対に認めたくないのである。

    自分は羨ましがられたいし、褒めそやされもしたいが、他人のことを褒めることなど金輪際ご免だということで、次第に一方的なアピールになって行く。

    そうなれば、もちろん、それまで話し相手になっていたユーザーも、相手に誠意がないことを不快に感じるようになり、友達関係も崩れて行くのは当然の結果である。

    ある人は、「他人のフェイスブックやブログを読むと無性に腹立たしくなるので、近頃は自分以外の人の記事を読むのをやめている」と、話していた。

    その理由が、この上記の一文で判ったような気がする。

    毎日、他人の自慢話を読ませられ続けるのでは、如何に寛容な人の忍耐にも限度があるということなのだろうな。



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Posted by ちよみ at 15:22Comments(0)ちょっと、一息 39