話題あれこれ ⑥
2013年02月17日

冬はこの時期特有の体の不調を訴える人が増えるが、放置すると深刻化することもあるのが「冬季うつ」だ。日本大学医学部精神医学系主任教授の内山真さんが冬季うつについて解説する。
炭水化物や甘いものが無性に食べたくなり、いくら寝ても眠った感じがせず、倦怠感と憂うつ感でなかなか寝床を出られなくなる。集中力ややる気が失せていつも眠い…。これが冬季うつの特徴です。
通常のうつ病とは違う病気で、昼間時間が短くなり、目に感じる光の刺激が減ることで、精神を安定させる脳内物質、セロトニンが減り、うつ状態を起こすのです。朝と日中、できるだけ太陽光を浴びるようにし、あまり深刻に生活の責務を課さないこと。また、冬季うつを理解し、自分の状態を把握するだけで症状が緩和されることもあります。
病院の治療でも、人工的な光を浴びる療法がとても有効。昼寝をしてもよいので、朝、思い切って外へ出てみましょう。
3月ごろに自然に治るのが通常ですが、不安感にとらわれすぎると春以降にうつ病へ移行する場合も。2週間以上不調が続き、生活に支障が出るなら受診を。(女性セブン2013年2月28日号)
最近、この「冬季うつ病」の発症が社会問題化しつつあるようだ。
信州のような山深い雪国では、特にこうした症状を訴える人たちが多いと思われがちだが、どちらかといえば田舎よりも都市部に患者が出やすいのだそうだ。
何故なら、この病気には孤独感が拍車をかけるからだという。
一人暮らしの高齢者はもちろん、若い女性たちの中にも、最近はこうした「冬季うつ」を訴える人が増えてきたそうで、雪深い田舎でも、お隣同士が常に声をかけ合っているような地域では、それほど発症率が高くないのだそうである。
栄村のような豪雪地では、折に触れて住民たちが地域の集会所へ集まり、歌を歌ったりゲームをしたり、世間話に花を咲かせるのだという。
冬場、出来るだけ太陽の下で生活することも、人工光を浴びるのも大事な予防法ではあるが、やはり人間は言葉を持つ動物なのだから、可能な限り他人とのコミュニケーションを重視して、今流行りの「リア充(リアル生活を充実させる)」を心がけることも必要ではないかと考える。
また、例の非常識女性が外湯で傍若無人な振る舞い。
自分の3歳ぐらいの甥とその母親(義妹)を外湯へ連れて来て、他の入浴者の迷惑も顧みず一時間以上も遊びほうけていた。
外湯は身体を洗う場所が狭いので、その間、近所の人たちは何度行っても入れずに家へ戻る始末。
わたしも、二度ほど行ってみたのだが、その込み具合に結局入ることが出来ず、その後気を取り直してもう一度外湯へ行ったのだが、それでもまだ彼女たちは上がる気配がない。
都合でこれ以上待つことも出来ないので、強引に入って行き、「いつまで、入っているのか!?迷惑なのが判らないのか?」と、一喝したのだが、彼女たちは聞こえないふりをしただけでなく、むしろ居直った様子で湯船でなお遊び続けている。
それでも、少しは叱責効果はあったと見えて、動揺を隠そうと、小さな甥にやたらと話しかけていた。
とにかく寒いので、ゆっくりと温まりたかったのだが、とてもそんなことが出来る状況でもなく、お湯は濁り、子供を入れるために水でも入れたのか、やけにぬるかった。
あまりに非常識な彼女らと同じ空気を吸うのも嫌になり、急いで上がったところへ、ちょうど外から近所の女性が脱衣所へと入って来て、
「・・・まだ、いるの?」
と、浴室の方を指さしながら、小声で眉間にしわを寄せるので、
「今、長湯するなと叱ったんですけれど、無視しているんですよ」
と、答えたところ、
「お風呂、見に来たのもう三度目なのよ。いつまで入る気なのかしら?もう、いいわ。込んでいるけれど我慢して入っちゃう!」
と、言いながら、服を脱いで浴室の方へ下りて行った。
迷惑この上ない人たちのために、どれだけの住民が困っているのかと思えば、こちらもブチ切れ寸前であった。
因みに、この非常識女性たちも三十代から四十代である。
自分さえよければ・・・の態度は、本当に醜い。小さな子供がいれば何でも許されるという思い上がりには、呆れ返るばかりであった。
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息子の決断、母の英断
2013年02月17日

新聞の投書欄に匿名の60代女性からの投書が掲載されていた。
その女性の息子さん(現在30歳)は、かつて長野県内のバレーボール強豪校へ入学し、そこでマスコミにも時々取り上げられた有名監督のいるバレーボール部に所属し練習に励んでいたのだそうだ。
まあ、ここまで書かれていれば、長野県人ならばおおよそ何処の高校かは察しがつくというものだが・・・。

このような暴力指導に対して、息子さんはバレーの楽しさや部活をする意義を見出せなくなり、ついに退学を決意。県内の別の高校へ転校したのだそうである。
しかし、この時の「挫折」を未だに、女性の親族や近所の人たちは、「根性がない」とか「頑張りが足りない」とか言ってなじり、落後者のレッテルを貼り続けているのだという。
女性は、かつての監督はもちろん、一般の人たちにも、暴力や体罰に耐えた人間は立派で、それから逃げた人間はダメだというような誤った認識を改めてもらいたい----と、訴える。
この投書を読みながら、この女性の心情が痛いほど納得できたし、女性が息子さんの意思を汲んで転校を認めたことは、実に母親としての英断であったと拍手を送りたい思いになった。
どんなにバレーボールがうまくなっても、暴力で培われる人生経験などあるはずもない。
「体罰」などと体裁の良い言い方をするから、こうした監督がいつまでもぬくぬくとスポーツ界にのさばるのである。
このような行き過ぎた指導は、明らかに「暴力」であり、「犯罪」である。
息子さんの命が奪われる前に、退学して大正解であった。
県選抜選手に選ばれるほどバレー選手としての才能に恵まれた息子さんである。厳しい練習に耐えられなくなって退学を決意したわけではないだろう。
監督の、指導の名を隠れ蓑にした「暴力」という理不尽なうっぷん晴らしの方法に憤りを覚えたのが、真の理由に違いない。
そして、自分のことよりも、共に頑張っている仲間の選手が殴られる姿を見るに忍びなかったのであろう。
この投書に、その高校名や監督の実名が書かれていなかったのが何とも残念だが、最後に一言。
命と引き換えにするほどに価値のあるスポーツの勝利などあるわけがないし、また、称えられる根性などもない。
何となれば、たかだかバレーボール、たかだかスポーツではないか。
人生とスポーツをはかりにかけることからして、どだい大間違いなのである。
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