大きくなったら----
2013年02月12日

新聞の投稿欄に81歳の男性からのこんな記述があった。
「小学一年生の孫の誕生日に、孫から『おじいちゃんは、大きくなったら何になるの?』と、訊かれた。80歳もすぎている自分にこんな質問を投げかけられて戸惑ったが、『学校の先生かな?』と、答えると、孫は、『あたしは、保育園の先生になりたい』と、言った」
どんなに年をとっても、何か目標を持って生きられれば、それほど幸せなことはないという投稿者の気持ちが、文章から伝わってきた。
「新しいことに挑戦するのに、年齢は関係ない」

と、いう人もいる。
歳だから----と、諦めるのではなく、歳だからこそ挑戦する意味があるのだと、発想を転換することが、これからの超高齢社会には大事なのではないだろうか。
50代で教師をやめて弁護士に、そして定年後に僧侶になった人だっているのだから、80歳を過ぎて教師になる人がいても不思議ではない。
日本は、職業に就く時期に年齢制限をもうけ過ぎだと思う。
新卒者じゃなければ採用しないなどの条件を、暗黙のうちに決めている企業が多いせいで、わざと留年する学生もいるそうだ。
ほとんどの就職先には採用は何歳までというような基準があるが、たとえば35歳までとしても、35歳と36歳でどれほどの能力差があるというのだろうか。
40歳でも心身ともに疲労していて何の才能もない人がいれば、一方で60歳で体力気力ともに充実した才能豊かな人だっている。
本来、人間の価値は、年齢で計れるものではないはずなのである。
ただ、高齢者が働き過ぎると、若者の就職口が狭くなるという意見があることも事実だ。
だから、定年制など一定の線引きは必要だろう。しかし、そのあとでもまだ働く意欲のある人が再スタートしやすい社会の仕組みを作ることも大事ではないだろうか。
何度でも、何歳からでもチャレンジし直せる世の中----それが充実出来なくては、これからさらに少子化が加速する日本は、世界で生き残ることが出来ないのではないかと懸念されてならない。
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話題あれこれ ②
2013年02月12日

バレンタインデーも最近は、義理チョコならぬ友チョコなども出て来て、チョコレートは女性から男性へ贈るものという定義が崩れつつある。
わたしは、学生の頃から、バレンタインデーの贈り物を、チョコレートとは限定していなかったし、恋愛感情などまったく抜きで、女性男性問わずに贈っていたように思う。
もちろん、普通にチョコレートを贈ることもあるが、ある時は街で見つけたおしゃれなマグカップだったり、小瓶入りのお酒をプレゼントしたこともある。
そして、最近の定番は、バレンタイン・カードや手紙。
わたしにとってのバレンタインデーは、言わば「スプリング・グリーティング」の意味合いが濃いということだろう。
文字通り、「春のご挨拶」である。
二月は、雪深い信州ではまだまだ極寒の季節だが、それでも「春のご挨拶」を贈ることで、少しでも厳しい寒さを忘れて頂ければと思いながらカードを書いている。
今や、簡単な連絡はほとんどメールで済ませてしまう世の中だが、わたし自身も一年の節目くらいは直筆の手紙をもらうと嬉しいものだ。
もしもチョコレートを贈るのならば、今年のバレンタインデーは、そこに一通のカードを添えてみたら如何だろうか?
もちろん、カードだけでもいいと思う。
ちょっぴり、春の息吹を感じる暖かな気分で、寒中を乗り切ってもらえることを信じて----。

街に若い男女の観光客の姿が目立つ。
彼らは、背も高く、おしゃれで、モデルのように美男美女ぞろいだ。
顔はアジア系だが、日本人でないことは話し言葉で判る。
何処から来たのか?----と、質問したところ、
「香港です」
との答え。
今年は、オーストラリア、香港、台湾からの観光客が急増している。
こんな信州の田舎も、なんと国際的になったものだ。
ただ、コンビニなどでは、会計前に店内で商品を食べ始めてしまうという外国人もいるそうで、マナーには気を付けて欲しいものである。

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