「いい女」って、呼ばれたい?・・・・・392
2010年02月14日
~ 今 日 の 雑 感 ~
「いい女」って、呼ばれたい?

この前、鳩山総理が、「小沢幹事長は、マスコミなどによって、あのような(ダーティーな)イメージを作り上げられてしまっているので、やっていることが全て悪いことのように国民に受け止められているきらいがある」と、いうような主旨の発言をしていましたが、やはり、イメージというものは、政治家などにとっては極めて重要なものなのですね。
では、一般の人たちはどうでしょうか?
よく聞く言葉に、「彼女は、いい女だ」とか、「出来る女性だ」とかいうものがありますが、これも、かなりイメージに頼っている言葉だと思うのです。
では、あなたにとって、「いい女」と、いうのはどういう女性のことなのでしょうか?容姿の美しい人ですか?それとも、教養のある人?機知に富んだ会話の出来る人でしょうか?出しゃばらず、他人を立てることの出来る女性でしょうか?
一口に「いい女」といっても、その感じ方は、十人十色ですよね。
でも、わたしは、未だかつて、「いい女」「出来る女性」などという人に、一度も出会ったことがありません。
確かに、頭のいい女性や、仕事の効率のいい女性、会話のうまい女性、美貌に恵まれた女性、おしとやかな女性などには、あったことがありますが、「いい女」と、呼ばれるような人は、知りません。
かつて、タレントの美輪明宏さんが言っていました。
「今は、『麗人』がいなくなったわね。『美人』は、何処にも掃いて捨てるほどいるけれど、言葉遣いから物腰、立ち居振るまい、教養、品、人当たりの良さなど、すべてを兼ね備えている上に、分をわきまえている女性は、まったくお目にかからなくなったわ」
確かに、わたしもそう思います。たぶん、そういうかつての「麗人」こそが、「いい女」なのだと思うのです。
しかし、現在は、そういう「いい女もどき」が、多すぎて、本当の意味での「いい女」が、人々の間からは既に忘れられた存在となっているのだと思います。要するに、「カぺリン」を、「ししゃも」だと思って食べ続けているうちに、本物の「ししゃも」がどういうものか忘れ去られてしまったようなものです。(ちょっと、喩えが変ですかね?)
でも、わたしは、この「いい女」には、もはや懐疑的です。この世の中の何処を探しても、そんな女性を見つけることなど出来ないでしょう。ですから、自分が間違っても、そんな風に呼ばれたいとは思いませんし、呼ばれること自体がむしろ迷惑な時代でもあると思うのです。
確かに、20代30代の自分の容姿や健康に自信のある女性たちは、そんな風に呼んで欲しいと思う気持ちもあるのかもしれませんが、人間病気をして容姿も何もかもが衰えれば、「いい女」だろうが「悪い女」だろうが、そんなことはどうでもよくなるものなのです。
人間の本性は、綺麗事では済みません。最後は、誰も醜く汚いものなのです。
ですから、わたしは、これほど酷な言葉はないと思うのです。-----「昔は、よく出来たいい女だったのに・・・・」
そんな言葉を聞かずに済ますためにも、若い頃から「いい女」「出来る女性」である必要はないと思うのです。
あなたは、「いい女」と、呼ばれてみたいですか?

タグ :IQが低いと心臓病リスク
食後は疲れる・・・・・391
2010年02月14日
~ 今 日 の 雑 感 ~
食後は疲れる
入院中、よく食事のあとで「疲れた」と、言ってひと眠りする患者さんが多かった。
わたしは、あまり、そういうことは感じなかったが、年配の女性になればなるほど、その確率が高かったように思う。

すると、この間、一人の70代の女性が、まったく、同じことを言っていた。その女性とは、よく共同浴場で顔を合わせるのだが、彼女は、お風呂から上がったあと、脱衣所の椅子に腰をかけながらゆっくりと服を着つつ、こんなことを話しだしたのである。
「若い時分は、湯あがりに椅子に腰かけていつまでもおしゃべりし続けているおばあさんたちを見ると、どうして早く支度をして家へ帰らないのだろうかと、不思議に思っていたけれど、自分がこの年になってみると、その理由がよく判るわ。お風呂から出ると、本当に疲れてしまうのよね。すぐに服を着て、うちへ帰ろうという気力がなくなってしまうのよ。だから、いつまでも、ここでダラダラと、腰をおろしていたくなってしまうのよね」
「そういうものですか・・・・。わたしは、さっさと家へ帰ってから休みたいと思いますけれど-----」
わたしが言うと、女性は、
「それは、まだ若い証拠よ。それに、近頃は、ご飯を食べたあとが疲れて疲れて、30分ぐらいは、茶の間で横になっていたい気持ちなの。でも、そのうちに、気が付くと眠ってしまっていたりして、主人に叱られてばかりいるのよ」
「どうして、ご主人は叱るんですか?食後の休憩は、よく取れっていいますよね」
「でもね、主人は、ご飯を食べ終わった後は、さっさと食卓を片づけないと気分が悪いらしいのよね。いつまでも、食べたあとのお茶碗などがそこに出しっぱなしになっているのが嫌いなのよ。だから、あたしがいつまでも休んでいて片付けようとしないと、ものすごく怒るの。でも、疲れているんだから、仕方がないんだけれど・・・・。食事の後片付けって、ホント、重労働なのよね。テーブルに出ている食器を片づけて、それを冷蔵庫へ整理して入れて、汚れたお茶碗を洗って、拭いて、戸棚にしまって、次の日のご飯が炊けるように炊飯器をセットして、生ごみを片づけて-----。全部終わるまでに、40分はかかるのよ。
でも、主人は、そんな主婦の大変さなんて、まったく判らないから、自分は食後のうのうとしてテレビを観ているだけ。台所仕事って、男が考えているほど、簡単なものじゃないってこと、ぜんぜん判ろうとしないのよね」
女性の愚痴は、延々と続きそうなほどであった。
「若い頃は、何となくやってしまっていたことが、年を取るにつれて大変になるってこと、よくありますよね。若い時は、家の周りを花で飾って楽しんでいたけれど、年を取ってからは、花の苗を買いに行くことすらもおっくうになってしまい、いつの間にか、あれほど好きだった園芸もやめてしまうという話は、よく聞きます」
わたしが、口をはさむと、
「だから、そういう趣味も家事も、若い頃からほどほどにやっていることが大事なのよね。昔は、そんなんじゃなかったと、思うと、腹も立つから-----。もともと、ずぼらな性格だと思われていた方が、高齢になってからは楽なのよ」
女性は、そう言って、ようやく立ち上がり、
「やっと、楽になった・・・・。さて、帰るとするか」
入浴道具一式をまとめて、共同浴場をあとにした。
高齢になると、何をするにも疲れが先に来るようだ。それにしても、奥さんにご飯の後片付けをさせたまま、テレビを観ているだけの男性の身勝手さにも呆れかえる。もう、あの年になれば、別に仕事を持っている訳でもないだろうに・・・・。
少しは、手伝おうという気にはならないのだろうか?それとも、下手に手を出されても、奥さんの方が迷惑なのか?
うちの場合は、確かに、父に手を出される方がより時間がかかってしまうということがある。やっぱり、テレビを観ていてくれた方が、効率がいいかもしれないな。(爆) 続きを読む
無防備都市宣言て、何?・・・・・390
2010年02月14日
~ 今 日 の 雑 感 ~
無防備都市宣言て、何?
中川村の曽我逸郎村長が、地域に軍隊を入れないことで住民を守ろうとする「無防備地区」宣言を同村がしてはどうか-と、村ホームページで投げ掛けているそうです。
「最初から、白旗を掲げて、どうぞお好きにしてくださいと、いうことですか?」
と、問いたいように思います。
しかしながら、もしも、そういう宣言がなされたら、中川村の周囲の市町村は、大変でしょうね。
駒ヶ根市、飯島町、松川町、高森町、大鹿村、豊丘村、飯田市などが、その分の負担を強いられたり、また、中川村だけが自衛隊の防衛網から外れたことで、外国の軍隊が強引に居座ってしまっても、日本国は手出しが出来ない状態におかれるということにもなりかねないと、いう意見もあるようです。
まあ、曽我村長が、自分の意見をブログに書くことなどはいいとしても、これを、村のホームページに書いてしまったことに対しては、村民からも異論が出ているそうで、確かに、その村長の持論を村民の総意だなどと思われては迷惑でしょう。
「無防備都市宣言」は、事実、理想的な平和主義かと思いますが、また、村民を軍隊や戦争に巻き込みたくないという村長の気持ちも判りますが、万が一、他国に攻められた場合、中川村だけは自衛隊の防衛外地におかれるというのも現実的ではないように思います。
曽我村長の真意がどこにあるのか、わたしにはよく判りませんが、それにしても、ユニークな発想といえます。
かつて、ある経済評論家の男性が、テレビ討論の場でこんなことを話していました。
「日本に、軍事力は必要ありませんよ。その分のお金を医療や福祉に回せばいいんです。もしも、外国が戦争を仕掛けてきたら、その時は、もう仕方がないから、国民みんなで死にましょう。昔、東アジアに日本という国があって、戦争が始まってもまったくの無抵抗のまま滅んだと、世界中の語り草になりますよ」
まあ、この意見を口に出した途端、その評論家は、ゲストたちの猛攻撃を食らいましたけれど-----。

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