フェイスブックでのぼやきは中傷にあたるのか?
2012年10月16日
フェイスブックでのぼやきは
中傷にあたるのか?
中傷にあたるのか?

和歌山県印南町立印南小学校の40代女性教諭がインターネットの会員制交流サイト「フェイスブック」に「モンスターやっつけた」などと保護者を中傷する書き込みをしていたことが分かった。同校は15日、教諭を担任から外し、自宅待機にした。県教委が処分を検討している。
町教委によると、教諭は保護者面談について、7月22日に「明日から面談始まる。あー怖っ!地獄の3日間!」▽同24日に「今日のモンスター、いっぱいほめて、機嫌よくお引き取りいただきました」▽同25日に「はぁー!モンスター、態度悪い上に遅刻かよ!」「おーわった♪おーわった♪モンスターやっつけた~っと」--などと書き込んでいた。
公開範囲が限定されておらず誰でも見られる状態だった。教諭は同校に勤めていることは公表していなかったが、顔写真などから特定された。教諭は町教委に「モンスターは特定の保護者を指したのではない。面談の緊張から、面白がって大げさに書いてしまった。申し訳ない」などと釈明しているという。発覚した今月12日に、教諭は町教委の指示を受け、フェイスブックの会員登録を削除した。(YAHOO!ニュース)
保護者面談とは、教師にとって、これほどまでに神経をすり減らす一大仕事のようだ。
この女性教諭も、その極度の心労から解放された勢いで、フェイスブックに本音を書き込んでしまったのだと思うが、公開範囲を限定していなかったことが、失敗だったということだろう。
それにしても、フェイスブックというものは、昔で言えば交換日記の類と考えていいのではないかと思う。
つまり、特定の人たちだけの間で読むことが出来る、かなりプライベートな性質の書き物のはずだから、顔写真から筆者を特定するというのも、プライバシーの侵害のようにも思えるのだが・・・。
いや、もしかしたら、如何に筆者を特定できたとはいえ、それを読んだ者にとやかくいう権利などないはずなのだ。
一方では、自由に物が書き込める場所を作っておきながら、それを活用すれば文句を言われるなど、明らかに矛盾している。
今回の件に関しては、公開範囲限定をしていなかったことを、脇が甘かったと指摘されても仕方がないのだろうが、勤務する小学校が特定されていたわけではなさそうだし、教師も何処かで日々溜まるうっぷんのガス抜きをしなければならないのだとしたら、ネットでぼやくぐらいは大目に見てもいいのではないかと思う。
むしろ、「モンスター・ペアレント」に対処する心労を何処へも吐き出すことが出来ずに、内面へ鬱積させた教師の方が、よほど恐ろしい。
フェイスブックの詳しい使い方は、わたしにはよく判らないが、これを腹の立つことや日々の悩みのはけ口とするのならば、せめて写真は顔が特定しにくいものをアップするとか、もう少し工夫をした方が賢明だったように思われる。
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ネット依存症のママが増えている
2012年10月16日
ネット依存症のママが増えている

「戦闘中」が「逃走中」に比べてイマイチ観ている側の気が乗らないのは何故かといえば、参加者の背景にドラマがないからだという理由があるように思える。
もしも、彼らの間に何らかの因縁にまつわる宿命的な設定が出来て、「忍」にも少し人間性のようなものが見えたら、ゲームの内容はかなり濃くなるのではないかと思うのだが・・・。
このままだと、やはり面白さの軍配は「逃走中」に上がらざるを得ないのだろうな。
少し前まで、主婦の依存症と言えば「アルコール依存症」「買い物依存症」「外出依存症」などが良く聞くものだったのだが、最近は「ネット依存症」の母親が増えているという話題を、あるテレビ番組で取り上げていた。
番組中に出て来た若い母親は、一歳になる子供がいるのだが、慣れない土地での生活で周囲に友だちもなく、子供の悩みなども相談できる相手がいなかったため、インターネットの世界に子育てについての救いを求めてしまったのだという。
彼女は、夫を会社へ送り出すと即座にパソコンに向かい、さまざまな子育てに関するウェブサイトの記事を読み漁った。
やがて、パソコンの前に座っている時間は一日八時間にものぼり、夫が出勤する時も見送ることなく、夜間も操作にのめり込んだ。
お腹が空いた子供が、傍らのベビーベッドで泣き出すと、
「煩わしい!」
とばかりに、左腕に抱え込んで授乳しつつ、右手でマウスを操作し続けたのだという。
そんな生活が一年半も続いた頃、子供に異変が起きていることに彼女は気付いた。
同じ年頃の他の子供たちが既に片言の言葉をしゃべっているのに、我が子は何故か未だに一言も言葉を発しないのだ。
赤ん坊は、最も身近にいる母親との毎日のコミュニケーションから自然と言葉を覚えて行くのだが、一日の大半をパソコンに向かっている母親は、ほとんど子供との会話というものをしない。
子供が言葉を覚えられないのは当たり前なのである。
これにショックを受けた彼女は、パソコンに向かう時間を一日三時間と決めた。それでも、インターネット依存症はまだ完ぺきには直ってはいないようであった。
子育ての悩みを解決しようと始めたパソコンが、逆に子供を蔑ろにする道具となってしまっていたわけである。
番組司会者の女優は、「本末転倒だ」と、呆れていた。
インターネットの向こうには、自分と同じような悩みを持つ多くの母親がいると思うことで、彼女は寂しさを紛らわせることが出来たのだろうが、それは別の言葉でいうならば単なる現実逃避にしか過ぎない。
「一歳からの最も子供の成長に母親の愛情が必要な時期に、このような接し方しかされないなんて可哀そう。『まだ小さいから蔑ろにされたことなど覚えていないから良いか・・・』なんて、笑っている場合ではない。わたしは、パソコンを使うことが出来ないけれど、今になって考えれば、子育てにはその方が良かったのかもしれない」
司会者の女優は、何とも腑に落ちない顔で、そう話した。
確かに、インターネットの世界には踏み込んだら簡単には這い上がれない、一種の麻薬のような魅力があるといわれる。
もしも、自分がネット依存症ではないかと思う人は、昼間も夜間もパソコンを操作し続けるなど、現実の方がネット社会の付属品のようになってしまわないうちに、自分の異常を自覚し、少しずつでもパソコンから離れる生活を取り戻すことだと、番組コメンテーターの医師は、語っていた。 続きを読む