心理戦を制せよ!・・・・・559

~ 今 日 の 雑 感 ~


心理戦を制せよ!



    わたしの父は、学生時代に剣道をやっていたが、ある時、確実に相手から一本を奪う方法を発見したという。

    試合の時、何度か竹刀を上段に構え即座に下段へ落とす。

    これを二度ほどやってから、再び上段へ構えると、相手は次は必ず胴を狙って来ると感じ、無意識のうちに自分の竹刀をほんのわずかながらもスッと下へ下げるというのである。

    父は、それを見逃さず、相手の隙の出来た喉の部分に突きを入れ、一本を取っていたのだという。
   
    (因みに、父が学生の頃は、子供でも突きを入れることが許されていた)

    まあ、まだそれほど上位の有段者が相手ではなかったので、そのような小手先の技も通じていたのであろうと思うが、これは、紛れもなく『条件付け』により、相手の動きをパターン化したがゆえの勝ち方であるといえる。

    このようなことからも判るように、勝負事には心理戦は重要な武器でもあるのだ。

    それは、相手に対してプレッシャーをかけることにもなり、また、自分自身の気持ちを奮い立たせることにもつながる。

    卓球選手の福原愛ちゃんが、ベストパフォーマンスをした時、大声で「サーッ!!」と、叫ぶ様子をテレビで観た人もいるだろう。あれも、このような心理戦の一つなのである。

    こうして、常に自分の能力を最高の次元にまで高め、ベストコンディションを自覚することで、絶好調の際の自分自身を脳に刻みつけているのである。

    そのため、一流選手たちの中には、自分のパフォーマンスのVTRは、勝った時のものしか観ないという人もいるくらいである。

    こうしておけば、自分の気持ちが乗らない時や壁にぶつかった時など、絶好調の時に受けた一定の刺激を脳に与えると、再びその絶好調時の感覚を取り戻せるわけで、声をあげる、VTRを観るなどの『条件付け』が効果を発揮するのである。

    そこで大切なことは、自分が体調不良などで今はベストコンディションでないと感じた時には、あえて試合をしようとしないことである。不安にかられた状態で試合に臨み負けた場合、それが『条件付け』となってしまう可能性があるからなのだ。

    選手が試合を回避する理由には、そういうメンタルな部分も含まれていることを、意外にわたしたちは知らないのである。

    
    ここで、もう一つ、面白いことを書いておきたい。

    もしも、あなたが誰かと一対一の喧嘩をする時は、その場所の選択を間違えてはならないということである。

    誰しも自分が有利に戦うことの出来る場所というものがある。

    しかし、自分に勝てる自信がない相手と喧嘩をする場合は、知り合いが見ているような場所では恥ずかしさが先立ち、むしろマイナスになってしまうのだ。だから、そういう時には、あなたの知り合いが誰もいないところで戦うべきである。出来れば、あなたと敵以外は人っ子一人いないところの方がいい。

    そうすることで、恥も外聞もなく思い切りやり合うことが出来るのだ。

    反対に、あなたに勝てる自信がある場合は、知り合いたちがいる自身のテリトリーで戦うことを勧める。

    あなたは、身近な友人たちの応援を受けて、ますます力を増し、確実に勝つことが出来るからなのである。

    かの有名な宮本武蔵と佐々木小次郎の巌流島の決闘も、わざと遅れて戦いの場へ現われた宮本武蔵に軍配が上がった。これも、武蔵が小次郎の苛立ちを利用しての心理戦がもたらした勝利だと言われている。

    しかしながら、これには裏話があり、実は、武蔵は自分と小次郎以外は誰もいない場所へ小次郎を誘いだすことで、観衆の目を気にすることなく、自分の手配の者たちを島の岩陰にひそませることが可能となり、いざという時は彼らの手を借りようとしていたという説もあるのだ。

    しかも、その時の佐々木小次郎の本当の年齢は七十歳を超えていたそうで、武蔵は、そんな老人相手に決闘をしたことになる。

    こう考えると、二刀流・宮本武蔵の勇壮な伝説も何処までが真実か判らないのだが・・・・。

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その手には乗らない!・・・・・558

~ 今 日 の 雑 感 ~


その手には乗らない!



    人は、言いづらいことを言ったり、相手を直接責めるには抵抗がある場合、「類似シナリオ効果」という手法を使うことがある。

    これは、相手に言いたいことと同じ事柄を別のシチュエーションを用意して説明するという方法である。

    たとえば、このように----。

    遅刻ばかりする社員に釘をさしたいのだが、面と向かって「きみ、遅刻はやめてくれないか」と、言うのでは相手との仲が険悪になると思った時など、「実は、別の課の奴なんだが、毎日毎日遅刻ばかりして来て、みんなに迷惑をかけているそうなんだ。この課には、そういう奴はいるのかな?」と、あえて別の人間を攻撃することで遠回しにその人物に注意を与えるのである。

    こういう方法は、女性がよく使う手でもあり、自分がご主人に何処かへ連れて行ってもらいたい時など、わざと、

    「〇〇さんところの奥さん、今度ご主人と海外旅行へ行くみたいよ。一年に一度ぐらいは外国へ行くのは今時は常識だって言っているわ」

    こんな具合に使い、「だから、うちも行きましょうよ」と、暗にほのめかすのである。

    しかし、そんなご主人と海外旅行をする奥さんの話は、まったくのでっち上げという場合もあり、大概においてそのシチュエーションは架空であることが多いのだ。

    そんな「類似シナリオ効果」だが、それも、相手がそのほのめかしに気付いてこそ効力を発揮する。

    上記の例でも、遅刻をしている社員が自分のことを言われているのだという自覚があってこそ、「痛いところを突かれた」と、反省するのである。

    ところが、それは自分のことではないと思い込んでいる場合などは、どれほど遠回しに皮肉ったところで、相手は痛くも痒くもない。また、相手の言わんとしていることを理解していたとしても、無理やり関係なさを装うというつわものもいるのである。

    そして、この「類似シナリオ効果」だが、あまり頻繁に持ち出すと、相手に手の内を知られてしまい、「また、ありもしないでっち上げ話を・・・・」と、逆に顰蹙を買う事態にもなり兼ねない。

    とかく、ささいな問題で他人の上げ足を取ろうとする者に、この「類似シナリオ効果」を多用する輩がいるのだが、わたしなどは、相手の言わんとしていることが嫌というほど判っているものの、あえてその部分に触れないように話をすることがあるのだ。

    ブログをやっていても、そういうコメントを書き込まれることはよくある。

    どうして、そんなどうでもいいことに固執していちいち文句を付けて来るのか、本当に理解に苦しむブロガーや読者もいるのだが、そうやって相手の上げ足を取れば、一瞬、勝ち誇ったような気分になるのだろう。

    実に、了見の狭い人間たちである。

    申し訳ないが、この「類似シナリオ効果」は、わたしにはほとんど通用しないので、そのつもりでいて欲しいものである。

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