軍靴(ぐんか)の音・・・・・95
2009年07月15日
< 不 思 議 な 話 >
軍靴(ぐんか)の音
昭和十七年、わたしの父方の伯父は、ビルマ(今のミャンマー)で戦死しました。
まだ、二十三歳という若さでした。戦死といっても、最後はマラリアが悪化しての病死でしたが、当時、日本兵の中で、敵弾にあたって亡くなったという兵士は、ほとんどなく、大半の人は戦地の汚染された水を飲んだり、食糧が尽きたりしたための病死や餓死だったといわれています。
祖父母は、その上の伯父も、戦地へ送り出していたものですから、息子たちの戦死は覚悟の上だったそうですが、若い方の息子が先に亡くなることになるとは思わず、かなり悲嘆にくれたといいます。
特に、亡くなった伯父は、子供の頃から身体も大きく、わたしは、伯父の顔を写真でしか見ていませんが、なかなかの好青年で、地元の農商学校(現在の高校)では成績も優秀で常に級長(クラス委員)をしていたのでした。
しかし、家が貧しかったこともあり、進学は諦め、卒業と同時に働きに出ましたが、まじめな性格でとにかく祖父母にとっては自慢の次男だったのです。徴兵されて軍隊(松本連隊)へ入ったあとも、数々の試験をクリアして、一兵卒から軍曹にまでなりました。
そして、戦死による二階級特進で、伯父は少尉となって勲章と共に帰って来たのです。
その、伯父の戦死報告が連隊から届く少し前のことです。ある夜、家には祖母と、まだ中学生のわたしの父、父の姉たちが茶の間で夕飯を食べていました。
すると、家の外をかすかに軍靴の歩く音がして、その音は、次第に大きくなり、家の方へと向かって来たのだそうです。
軍靴とは、陸軍の軍人が履く靴のことで、靴の裏には、たくさんの鋲が付いています。ですから、歩くたびにガチャガチャと、音を立てるのです。その音が、家の前まで来たかと思うと、突然ぴたりと止まりました。
父が、「誰か、兵隊さんが来たみたいだよ」と、祖母に言うと、その直後、玄関の引き戸がものすごい音をたててガラッ!と、開いたのだといいます。父は、祖母に、誰か来たから見て来てくれと、言われたので、茶の間から玄関へと行ってみたのですが、引き戸はいっぱいに開けられているものの、そこには誰の姿もありません。開けられた戸の向こうには、真っ暗な夜の畑が広がっているばかりだったのです。
その後、数日たって、伯父が戦地で病死したという報告が、村役場から届き、父たちは、もしかしたら、あの時の軍靴は、伯父の魂が自宅へ戻って来た音だったのではないだろうかと、思ったそうです。
戦後、もう一人の上の伯父は、長いシベリア抑留を経て、餓死寸前の栄養失調状態で、それでも何とか復員(日本へ帰って来ること)して来ました。
祖母は、その後、戦死した伯父の話はほとんどしませんでしたが、八十三歳で亡くなる時、最後に言い残した言葉が、その伯父の名前だったのでした。
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不思議な話し方・・・・・94
2009年07月14日
~ 今 日 の 雑 感 ~
不思議な話し方
会話をしていると、一つの話題や、一つの単語に引っ掛かって、そこからドンドン話題の主旨がずれて行ってしまう人がいます。
たとえば、こんな具合です。二人の主婦が、梅雨についての話をしていたとします。

主婦A 「昨日の夜、寒かったでしょ?だから、一度しまった毛布をまた出して、夜中にかけ直したわよ」
主婦B 「本当に、夏蒲団では、寒いくらいだったわよね。梅雨って、気温が一定にならないで、困るわ」
主婦A 「この前、うちに布団屋さんが来てくれて、夏蒲団の綿を打ち直ししようって話になってね、そこのおばあちゃんが、長野の息子さんに家を建ててもらったんだけど、瀬戸物屋さんの裏の倉庫の方が住みやすいって、そこから出ないそうなのよ。その瀬戸物屋さんに、おじいさんがいて、おじいさんの使っていた有名な茶碗がこの前割れちゃったそうなのね。 そうしたら、その茶碗を鑑定してくれた骨董屋さんが、元通りに修繕してくれるっていうので、東京まで行くことになって------」
主婦B 「ちょっと、待って。それ、何の話?布団屋さんて、誰?瀬戸物屋さんは、どうなったの?梅雨の話は、何処へ 行ったのよ?」
-------と、まあ、こんな状態になってしまう訳で、話の終着点が全く見えて来なくなってしまうのです。
こういう人の頭の中は、いったいどうなっているのでしょうか?
こういう人は、かなりのおしゃべりに多いようで、短時間にめいっぱい話をしたいと思うあまりに、こんな連想ゲームのような話し方になってしまうのでしょうか。何れにしても、聞いている方は、下地になる知識を何も持っていないので、相手の話がまったく見えないのです。
しかし、そんなことはお構いなしに、話し続けられるものですから、結局、さっぱり意味が判らない不毛の会話のままで、嫌な後味ばかりが残るのです。
また、こういう話し方をする人の特徴として、他人の話を自分の経験談のように錯覚してしまうという癖があるといわれます。
Aさん 「この前、野沢温泉に行って来たんだけど、雪が降っていて、情緒があったわよ。でも、買い物の途中で、財布を旅館に忘れたことに気が付いてね、慌てたわよ」
Bさん 「えっ?あなたも、野沢温泉へ行って財布を忘れたの?わたしもなんだけど・・・・。いつ、野沢へ行ったの?」
Aさん 「・・・・・・・・」
Bさん 「それに、その話、この前、わたしがあなたに聞かせた話じゃなかったっけ?」
こんな、調子なのです。これも、一種の記憶力に関係する病気なのでしょうか?
わたしの周りには、とかく話がこうなってしまう人がいるのです。思い込みが激しいのか、話を聞いたことをつい忘れて、自分のことのように、自慢話を作り上げてしまうのでしょうか?
こういう人と会話をする時は、何処までが真実で、何処からが虚構かということを、しっかりと見抜いていなければ、大変な勘違いをしてしまうことにもなりかねません。
しかし、とかくこういう話し方になりやすい人は、血液型のB型に多いような気がします。(まあ、これは、あくまでも、わたしの周りにいる人に限っての統計ですが)

その場限りの話題作りに長けているということなのでしょうね。
それにしても、聞かされる側にとっては、はなはだ迷惑な人たちです。

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下水道工事をしない訳・・・・・93
2009年07月13日
~ 今 日 の 雑 感 ~
下水道工事をしない訳
リ・まんぼーさんのブログ記事を読んでいて気が付きました。
我が家は、既に、四十年以上前から水洗トイレなのです。
祖母が、落とし便所が嫌いで、ご近所に先駆けて水洗にしました。
しかし、近年の自治体推奨による下水道工事は、未だにしていません。少し前までは、下水道につなぐ工事をすると、自治体から一世帯につき、百万円の補助が出たのですが、それでも、我が家は、浄化槽で通しています。
もちろん、それには理由があります。
あの、阪神大震災の時、トイレを下水道につなげている家は、自治体からの命令で、倒壊を免れた家もトイレの使用を止められたのです。
つまり、一件でもトイレを使用すると、下水道の先にあるし尿処理施設に影響が及び、衛生的にも問題があるということで、全世帯がいっせいに、トイレ使用を禁止させられてしまった訳です。
その結果は、もう、皆さんがご存じの通りです。
簡易トイレが各避難所などに設置されたものの、とても数が足りず、利用者のマナーの悪さもあって、汚れがひどく、とても使えるものではなくなっていたとか-----。そして、その清掃作業にあたっていたのは、中学生や高校生だったのです。
もちろん、その努力に感謝する声もたくさんあったそうですが、中には、「さっさと掃除をしろ!」などという、罵声を浴びせた非常識極まりない大人もいたと聞きます。
これをテレビのニュースで観た時、うちは、下水道にはつながないようにしようと、決めました。もしも、つないでなければ、万が一の時も、家のトイレを使用することが可能です。
もちろん、年に二回ほどの浄化槽の点検があったり、汲み取りにかかる費用も馬鹿になりませんが、それでも、万が一のことを考えると、心配で、下水道化は出来ないのです。
自治体は、下水道工事を各家庭に勧める際に、こういう場合もあるという説明はしてくれませんでした。
トイレは、日に何回もお世話になる重要な場所です。ある意味、風呂よりも、寝室よりも、台所よりも大切な設備です。
トイレをないがしろにする者は、トイレに泣くと、わたしは思うのです。

イケメン好き!・・・・・92
2009年07月12日
~ 今 日 の 雑 感 ~
イ ケ メ ン 好 き !
この前、ブログで、物干し場から落ちたのが原因で、腰痛を理由に歩かなくなってしまった伯母のことを書きましたが、この伯母が、今度は、瞼の皮が落ちて来てしまって、物がよく見えないというので、その瞼を上へ持ち上げる整形手術をしました。

これは、眼瞼下垂(がんけんかすい)と、いうもので、年を取ったり痩せたりして、瞼が垂れ下ってしまい目が開きにくくなるという病気で、故前韓国大統領も、この手術をしていました。
前は、手術を嫌がり、あのようなことになったのにもかかわらず、どうしてこんなはっきり言って、どうでもいいような手術をしたいなどと言いだしたのかが、不思議でした。
これが単なる整形手術でしたら、保険はきかないのだそうですが、伯母の場合は年齢からくる病気ということで、保険がきくので、二万円で出来るとのこと。また、入院も一日でよいということなどから、決めたのだと言ってはいました。
しかし、最近、その本当の理由が判りました。
伯母が、眼瞼下垂を何とかしたいとの相談に行った病院の形成外科の先生が、かなりのイケメンだったのだそうです。年は、まだ三十代。既婚でしたが、その話し方がとてもソフトで、即、気に入ってしまったのだとか。アホじゃなかろうかと、思いました。瞼を吊り上げるよりも、足を鍛えることの方が先だろうと、思うのですが。

しかし、伯母、曰く「綺麗になれば、気持ちも明るくなるし、歩く練習もしたくなるかも・・・・」
綺麗に-----?そいつは、手術の理由が違うだろう!

でも、とにかく、手術の当日になり、さあ、そのイケメン先生が来てくれるとウキウキしていた伯母ですが、手術室へ入って来たのは、まったく別の形成外科の男性医師。その医師は、伯母の顔を見るなり、
「ああ、おばさん、久しぶりです。今日の手術、おれが担当することになりましたから、よろしくね」
なんと、近所に住むラーメン屋さんの息子さん!!

「なんで、あんたが------!?」
伯母、仰天!!どうやら、ラーメン屋さんから養子に行った先で、大学の医学部へ進学し、今では形成外科医になったということでした。
もちろん、手術は無事終了。伯母の両目は、ぱっちりと開いて、まるでフランス人形のよう。


でも、あのイケメン先生に担当して欲しかった伯母は、何とも不機嫌で、次の術後診察日に出かけて行くと、診察室に待っていたのは、やはり、最初の診察をしてくれたイケメン医師。ラーメン屋さんの息子さんは、どうやら、手術担当だったようなのです。
伯母、大喜び!しかし、その後、二度の診察があっただけで、もう、形成外科にはかからなくていいということになり、結局、一時はやる気になった歩行訓練も、またやめてしまいました。
イケメン先生の神通力も、長続きはしなかったようで、また今は、以前同様の座敷ブタです。ハア~。(溜息) 続きを読む
死刑囚への同情?・・・・・91
2009年07月11日
~ 今 日 の 雑 感 ~
死刑囚への同情?
新聞を読んでいたら、死刑囚が獄中の生活について書いているという本が紹介されていました。
朝起きたのち、十人前後の看守が続々と獄舎へ入ってきたら、誰かが処刑されるサインであるということや、朝食も風呂も与えられす、起床後、いきなり刑場へかりたてられること、窓辺に来る小鳥や野良ネコに束の間の心のなごみを感じる囚人たちに対して、看守は容赦なく、小鳥の卵をたたき落とし、野良猫を駆除するということなどが、淡々とつづられているのだそうです。
その本の紹介文を読んで、わたしは、そういう世界もあるんだなァと、それなりの驚きや感慨を持ちました。
しかし、読んでいるうちに、この紹介文を書いている女性作家の感覚が、次第にこの死刑囚に対する同情論に傾いて行くような気がして、妙な違和感を持ったのです。

もしかしたら、彼女は、この著書を読んでいるうちに、いわゆる「ストックホルム症候群」に近い状態になっていたのではないかと思いました。
「ストックホルム症候群」とは、精神医学用語の一つで、犯罪被害者が犯人と一時的に時間と場所を共有したことにより、過度の同情心や好意などの依存感情を抱いてしまうことで、1973年に、スウェーデンのストックホルムで強盗人質立てこもり事件があった時、事件解決後、人質になっていた人たちが犯人を庇うような言動をして、警察に非協力的な態度を取ったことに由来するものだといわれます。
しかし、この「ストックホルム症候群」は、恐怖や生来の生存本能に基づく、セルフマインドコントロールから発症するものですから、事件が解決して時間が経てば、被害者は、やがて、犯人に対しての憎悪の感情を思い出すという経過をたどるということです。
この逆が、1996年に起きた、ペルー日本大使公館占拠事件です。ここでは、犯人側のテログループが、人質たちに共感してしまうという現象が起き、これを「リマ症候群」と、呼ぶのだそうです。
つまり、この「ストックホルム症候群」に似た感覚を、女性作家も持ち始めてしまったようで、彼女の頭の中では、その死刑囚に殺害された被害者の感情は二の次になっているようでした。
死刑囚の書く、「今、生かされている幸せ------」という言葉を、被害者の遺族が読んだらどのように感じるだろうかという想像力は、もはや、彼女の文章からは汲み取ることが出来ません。
これは、ある意味、犯人の取り調べをしている刑事が、被害者よりも犯人の心理に飲み込まれ、犯人の死刑執行がなされた時に涙を流すという、奇妙な現象とも符合します。
要するに、人間の感情というものは、実に不安定なものですから、そういう問題に向かう際には、まず自分の気持ちの中に、「おれは、決してブレない!」と、いう確固たる信念を持って臨むべきであろうと、思うのです。これは、つまり、ディベート(公的な問題について、あえて違う立場に分かれて討論すること)の方法にも似ています。何があろうと、自分は「白」を貫く。決して「黒」には加担しない-----と、いう感情論以外のスタンスを決めておくことで、軌道を外れずに対処できるのではないでしょうか? 続きを読む
母子加算廃止の是非・・・・・90
2009年07月10日
~ 今 日 の 雑 感 ~
母子加算廃止の是非
難しいことは判りません。
何せ、わたし自身は、独身でもちろん子供もいませんし、こういう話題も、何処か人ごとのような感じがしています。
しかし、これが案外、人ごとでは片付かない問題なんですよね。最近、ようやくそれが判りました。
それでも、やはり子育てを経験した方たちの感覚には、程遠いものがありますので、ここでは、わたしの知り合いの、ある邦楽の先生がおっしゃっていたことを、主に書きたいと思います。

そもそも、この「母子加算」というのは、生活保護を受けている一人親の家庭へ支給されていたもので、十五歳以下の子供一人につき月額23,260円、二人で25,100円が加算される仕組みで、これが、この四月に廃止された訳です。
廃止の主な理由は、生活保護を受けている一人親が、子供を一人養育する場合の生活扶助が国から138,000円支給されている形になるのに、生活保護を受けずに、一人親が子供一人を育てている家庭の支出が118,000円というのは、何ともおかしい。働く親の家庭よりも、働いていない親の家庭の方が、国から多くのお金をもらって生活しているというのは、如何にも本末転倒であるということで、厚生労働省は、これを一律にそろえることにしたのです。
そうでないと、不公平ですから。
しかし、働いていない母子家庭の母親の言い分としては、「子供が小さいと、働きに出たくても出られない。また、小さい子供がいるということだけで、就職させてもらえない」「保育所に子供を預けたくても、待機児の数が多くて、順番が回ってこない」などなど、様々困難な理由があるとのこと。
確かに、ただでさえ就職難の今日にあって、子供のいる母親の働き口確保は、容易なことではないでしょう。
しかし、その邦楽士の先生は、おっしゃいます。「では、そういうことが判っていながら、何故、離婚したのか?」と。「自分たち母子家庭がもらっている支給金は、『母子手当』も『母子加算』も、そもそも国民の税金から出ているのだということを、考えたことがあるのか」と------。
かつての戦時中のように、夫が戦死してしまった未亡人や、また、夫が事故死や病死などの悲劇に見舞われた妻子であるならばやむを得ないともいえるが、お互いに恋愛結婚で、子供が出来て、単なる性格の不一致や相手の浮気、家事、育児疲れ、嫁しゅうと問題などを理由に、離婚したような母親に、国が同情する必要があるのだろうかと、その先生は、言われるのです。
かつて、前長野県知事の田中康夫氏も、同様の意見で、母子加算金の見直しを提唱していました。要するに、今の母親たちは、考えが甘すぎるというのです。昔は、見合いで結婚させられたとしても、出戻れば、その母親は自己責任で身の始末をつけねばなりませんでした。女手一つで子供を育てるために、日雇い人足として重労働をしていた女性もいましたし、子供は子供で、そんな母親の苦労を何とか少しでも軽減してやりたいと、義務教育もそこそこに、働きに出たものです。
しかし、今の時代は、親が離婚したための苦労を、子供たちにも背負えというのは、あまりに可哀相だとの考え方から、たとえ貧困家庭でも、子供の就学の機会を奪ってはいけないということで、国も助成金を支払うという訳です。
とはいえ、確かに、そのお金は、わたしたちの税金から工面されているものです。要するに、身勝手な結婚の破たんの尻拭いを、赤の他人のわたしたちが肩代わりしているという格好になる訳です。その邦楽の先生のように、一度結婚をして子供が生まれたら、母親は、自分の幸せなど考えてはいけない。たとえ、夫婦の間に何があっても、絶対に離婚などするべきではないと、いう気持ちも、判ります。
「その母子加算にかかる200億円というお金があるのなら、それをもっと別の、たとえば老人医療や介護福祉の方へ回して欲しいものだ」と、いう考えも、なるほどなァと、思います。そして、離婚しても、得なことは何もない。子供を抱えて、仕事もなく、貧しさの極致を体験しなければならないと判れば、離婚する母親も減るのではないかと、先生はおっしゃいます。
「ドメスティックバイオレンスなどで、命の危険があるような場合は別にしても、原則、恋愛結婚した夫婦には、離婚を認めてはいけないのよ」と-----。
この母子加算廃止は、実質的に少子化を加速させることになるという、民主党の意見なども判りますが、それならば、ただ、離婚しました、子供がいるので助けて下さい-----などという安易な支給方法ではなく、その母親に、それ相応のペナルティーを科したうえで、支給するシステムにでも変える必要があると、いう意見にも一理あるような気もします。
たとえば、母子加算をもらって生活をしている一人親は、子供が成人したのちは、受給した分を介護労働で返却するというやり方もあるでしょう。また、「あなたが頂いている今月のお金は、〇〇さんと、〇〇さんの税金から出ているものです」というような、具体的な名前を受給金に付記するという方法もあると思います。その方が、より、他人のお金で自分たちは生活させてもらっているのだという、実感がわくはずだと、思うからです。
母子加算廃止に賛成する人たちと、反対する人たち双方の気持ちを納得させる方法を模索するべく、国や自治体は知恵を絞る必要があるのではないかと、考えるのです。

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ドクター・ハウス・・・・・89
2009年07月09日
~ 今 日 の 雑 感 ~
ドクター・ハウス
わたしは、本来、医療物のテレビドラマはあまり好きではありません。
自分が、~七人の外科医~を書いているのに、矛盾しているかもしれませんが、好きで観ていたのは「チームバチスタの栄光」ぐらいです。
でも、最近、とてもハマってしまった医療ミステリーがあります。それが、「Dr.HOUSE(ドクター・ハウス)」です。
このドラマは、2004年からアメリカのFOXテレビで放送されている一話完結のドラマシリーズなのですが、この五月から、日本語吹き替え版の放送を日本テレビでも始めました。

制作当初、アメリカのスタッフは、この「ドクター・ハウス」を、細菌を犯人とする「CSI 」のような病気の原因追究のドラマにしようと考えていたようですが、製作して行くうちに、登場人物たちの魅力が大きく膨らんで来て、次第に、人間ドラマの様相を呈するようになって来たのだといいます。
その軸になっているのが、主人公のハウス医師と、ハウスの同僚で同じく医師のウィルソン部長の友情。そして、ハウスの部下である三人の若い専門医たちの悩みや葛藤。そして、彼らを叱咤し見守る女性、カディ院長の存在です。
ドラマの舞台は、アメリカのニュージャージー州プリンストン・ブレイズボロ教育病院という、架空の病院で、グレゴリー・ハウスは、とにかく高慢で偏屈な、型破りの中年男性なのです。専門は、病気の原因を突き止める解析医学で、彼自身が病気で片足が不自由という設定です。
彼は、エリック・フォアマン(黒人男性)、アリソン・キャメロン(白人女性)、ロバート・チェイス(白人男性)の三人の若い医師たちと、討論形式で様々な病気の症例や投薬方法を考え出しながら、難病患者の治療に当たって行くのです。しかし、ハウスの特異な性格が災いして、すぐに彼らとトラブルになります。特に、フォアマンとは、尽くぶつかり、二人の治療方法のどちらが正しいものとなるかは、ドラマの見どころでもあります。
また、リサ・カディ院長は、そんなハウスの性格を百も承知で、院内クリニックの患者も担当させますが、ハウスは、面白くありません。彼が興味を示すのは、単なる風邪や腹痛の患者ではなく、あくまでも未知の症例なのです。
そんな訳で、いつも患者や医師たちともトラブルが絶えないハウスのことを、呆れながらも、決して見捨てず、常に味方になってくれるのが、腫瘍科部長のジェームズ・ウィルソン医師なのです。そして、このウィルソン医師とハウスの問答がまた絶妙なのです。
ハウスは、穏やかでハンサムなこのウィルソン医師をとても尊敬し、愛してもいます。ウィルソン医師は、妻帯者ですが、女性に好かれやすい好人物ですから、とかく女性の噂が絶えません。ハウスは、それが気が気ではないのです。ウィルソンがおしゃれをしていると、すぐにガールフレンドの存在を疑います。ウイルソンが浮気はしていないといっても、信じません。
ハウス 「------(ウィルソンが新しい靴を履いているのを見て)靴は口よりも正直だ」
ウィルソン 「フランス製だ。正直な訳ないだろ。とにかく、ぼくは、浮気なんかしていない」
こんな具合に、会話がとても洒落ています。------ということは、フランス人は、嘘がうまいということかな?なんて、考えさせられます。
しかし、この「ドクター・ハウス」ですが、不思議なことに、誠にアメリカ臭くないドラマでもあります。わたしは、初めて観た時、イギリスのドラマかと思ったくらいですから。コミカルなんですが、落ち着いてもいる。実に、日本人に親しみやすい作り方になっていると感じ、こんなドラマなら、日本版が出来てもおかしくはないとさえ思いました。(制作費も、さほどかかってはいないようですし

これからは、ウイルソン医師が、妻の浮気が原因で離婚し、ハウスの家へ居候したりするなど、人間模様も複雑に展開して行くということなので、ますます楽しみです。

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地球高温化?・・・・・88
2009年07月08日
~ 今 日 の 雑 感 ~
地 球 高 温 化?
埼玉県川口市は、「地球温暖化」という言い方が、環境被害の実態を周知させるためには、あまりに表現が軽すぎると、いう理由で、この四月から、独自の取り組みとして「地球高温化」という言い方を用いることに決めました。
確かに、同市が主張するように、「地球温暖化」という言い方は、ぬくぬくとした温かさを意味するため、むしろ心地よいイメージさえ与えかねず、危機感を認識するにはあまり適当でない言葉なのかもしれません。
この「地球温暖化」という言葉の元は、「グローバル・ウォーミング」という英語の日本語訳で、日本では法律としても明記されている公の言い方なのだそうですが、それを、自治体単位で別の言い方に変えるという例は、未だかつて聞いたことがないと、環境省は驚いているということです。
近年、言葉はとみに形骸化され、昔、使っていた言葉が、今は使えなくなったり、意味が変わったり、表現の仕方が軽くなって、実感が伴わなくなった物も多々あります。
特に、障害者に対する言葉などは、その最たるもので、侮蔑的な表現は好ましくないということから、ほとんどが婉曲的な言い方になったため、かつての時代劇が、テレビでは放送できなくなってしまったという例もあります。
これにより、名作と呼ばれている映画や小説、テレビドラマなどの文章や台詞が虫食い状態になり、何を言っているのか判らないことや、臨場感も失せて、単なる凡作になり下がってしまったものも少なくありません。
最近は、「障害者」の「害」の字が気に食わないという人たちも現われ、「害」を平仮名にしてはどうか?-----とか、「障害」などという言葉は、無くしてしまおうと言う者まで出て来ています。そもそも、「健常者」などという言葉があるから、差別用語が生まれるのだという訳です。
しかし、そうやって、どんどん言葉を事実から遠ざけて行くことで、物ごとの本質から目を背けていけば、誰も、親身になってその人たちのために考えなくなってしまうのではないかと、懸念します。
「へ~、きみ、障害者じゃないの。なら、全部自分でやれば」などという風潮が世の中に出来上がることになるやもしれません。「後期高齢者」という言葉を「長寿高齢者」に、「付きまとい犯罪」を「ストーカー」に、「売春」を「援助交際」に、「もみじマーク」を「ベテランマーク」に、「強姦」を「レイプ」に、「エイズ」を「HIV」に------。
いろいろな言葉を、ことごとくファジーに作り替えることで、オブラートに包んで行こうという訳です。
それに対して警鐘を鳴らしたのが、今回の川口市が決めた「地球高温化」ではないでしょうか?
言葉には、むろん配慮が必要です。しかし、あまり極端な言い替えは、物事を軽く、甘く考えるという方向へ引き摺って行くという弊害があることも事実です。
安易なカタカナ表記や、思いやりの押し付けともいえる言い方は、逆に無関心社会を加速させる原因にもなるのだということを、もう一度考えてみる必要があろうかと思います。 続きを読む
他人の子供じゃダメですか?・・・・・87
2009年07月08日
~ 今 日 の 雑 感 ~
他人の子供じゃダメですか?
今年の二月上旬、香川県の県立病院で、体外受精の手術の際、別の夫婦の受精卵を誤って、妻のお腹に戻されてしまった夫婦が、県に損害賠償を求め提訴したというニュースがありました。
この報道を聞いた時、わたしは、無性に腹が立ちました。

病院側に対してではありません。提訴に踏み切った夫婦に対してです。
確かに、病院側は、お腹に入った受精卵が、本当に他人の卵子であったのかと、いう確認をするための説明責任を、妊婦側に十分果たしていなかったという手落ちはあったでしょう。また、そもそも、手術の際に受精卵を取り間違えるなどという初歩的なミスを犯すこと自体が、医師として重大な怠慢だといわざるを得ません。

そのために、その妊婦は、せっかく授かったお腹の子供を中絶せざるを得ないことになってしまった訳です。
しかし、わたしが疑問に思うことは、それよりも何よりも、どうして、その夫婦は、そこまで自分の子供に固執していたのかということです。
結婚すれば、自分の本当の子供が欲しいということは、十二分に判ります。そのうえで、男の子がよかったとか、女の子の方がいいとか、そして、更に、五体満足でなくては困るとか、頭が良い方がいいとか、顔が可愛い方が嬉しいとか、欲を言ったらきりがありません。
でも、どうしても子供に恵まれないのであれば、そして、体外受精を望んだのであれば、もしも、そのお腹の子が自分の子供でなかったとしても、そこまでして子供が欲しかったのですから、生まれた子供は自分たちの子供として大切に育てるという選択を何故しなかったのでしょうか?
自分の子供は生かすが、他人の子供は殺しても構わないというのでしょうか?これは、一種の犯罪行為に等しい問題です。世の中には、様々な理由で親に捨てられた子供や、親を亡くした子供が大勢います。どうして、そういう子供の親になるという選択肢を持たないのでしょうか?
こんなことを言っては失礼かもしれませんが、そこまで固執して生んだ実子が、必ずしも博士や大臣になる訳ではないでしょうに。
単に、自分たちの遺伝子を残したいという自己満足のために、非難される病院の方が気の毒です。それも、お腹の子供は、すこぶる順調に育っていたというのですから、人ごとながら、残念な気持ちでいっぱいです。
わたしは、もともと、自然の摂理に反した体外受精や、代理母というものには賛成出来ません。別に、運命論者ではありませんが、やはり、子供というものは、その親を選んで生まれて来るものでなないかと思うのです。
人間が生まれるということは、宇宙が出来るにも等しい、極わずかな確率の産物なのであるといった学者もいます。
事件に巻き込まれて否応なく妊娠してしまったような場合や、妊婦が幼すぎて、自分のしたことに責任が持てないような場合は別でしょうけれど、知識もある立派な大人が、自分たちの欲のためだけに胎児の命を犠牲にするなど、論外もいいところではないでしょうか。そういう夫婦には、はっきり言って、子供を養育する資格などないと思うのです。
親とは、身勝手な生き物です。このほど国会で議論されている脳死は人の死か-----という問題でも、他人の子供の脳死は「死」であるが、自分の子供の脳死は「死ではない」と、言い張るものです。
たとえ、夫婦間に子供が出来なくても、それを運命と割り切って、傍が羨むような円満な家庭を築いているご夫婦だっています。
もし、自分たちの間にどうしても子供が出来ないご夫婦がいらしたら、それは、子供がいないということで、子供のいる他の夫婦には出来ないことをせよとの使命を課せられているのだと考え、積極的に世の中に貢献して頂きたいと思うのです。

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黒部ダム鎮魂
2009年07月07日
「 詩 」
黒部ダム鎮魂
残雪 はるかな 黒部(くろべ)の谷に
怒涛の放流 歓喜さかまく
若き力と 青春を賭(と)した
百余の魂に ささぐは緋桜(ひざくら)
風よ 伝えろ 男の涙
雲よ 伝えろ 伝説 熱く
明日(あした)の 日本を 命の限り
信じて 闘い 散った 山
白魔(はくま)いざなう 立山連峰
行(ゆ)く手をはばむは 嵐か岩か
人の勇気の 頂きにいどみ
英知を束ねれば うがてぬものなし
風よ 伝えろ 男の誓い
雲よ 伝えろ 祈り 静かに
お前が築いた 巨壁(きょへき)を 今に
語るは 黒部の 鎮魂歌
野菜はオフィスで作る?・・・・・86
2009年07月07日
~ 今 日 の 雑 感 ~
野菜はオフィスで作る?
NHKの特報首都圏という番組で、これからの農業は、「植物工場」という巨大なオフィスで行なうようになるという放送をしていました。

この事業に参入いているのは、今まで農業とは全く無縁であった商社やベンチャー企業などで、国も、この事業計画を押し進めているとのこと。
主に、この植物工場では、現在レタスなどの葉物を栽培しているのですが、栽培室と呼ばれるところでは、土を一切使わず、湿度七〇パーセント以下、室温二二度という環境で、蛍光灯の照射時間などを調整したり、肥料の与え方を細かく計算したりして、約三十日での出荷が可能なのだそうです。
これは、いわゆる露地物に比べて出荷が早く出来、電気代は露地物よりも二、三倍の高上がりとなるものの、雑菌も少ない作物が市場へ送れるため、既に学校給食として提供されている所もあるらしいのです。
この工場へ勤めている従業員は、ここで、更に遺伝子組換え作物の研究にも携わり、働いている姿は、とても農業関係者とは思えないような、白衣にマスク、ビニール帽子という出で立ちで、さながら医科学研究所の職員のようです。
こういう植物工場が農作物の大半を生産することになれば、苦しい、汚い、臭い、後継者がいないと、敬遠される国内農業からの若者離れにも、歯止めがかかるのではないかとも、考えられます。
しかし、既にこの業界も、異業種からの参入が増え、競争が激しくなって来ているようです。
露地物に比べて、割高なコストを如何に安く抑え、安全安心な野菜や果物をコンスタントに市場へ供給できるかが、今後のオフィス作物に課せられた問題ではないかと、放送は締めくくっていました。

誓 い
2009年07月06日
「 詩 」
誓 い
紅(あか)く 紅く
燃える 陽(ひ)を 指(さ)し
今 ふたりの 若者がゆく
ある者は 義(ぎ)を胸に 剣侠(けんきょう)と 散り
ある者は 医(い)を胸に 学の士と 散る
墓碑銘を 「友」として
遥かなり 熱き願いは
遠く 遠く
光る雲 指し
今 ふたりの 若者がゆく
ある者は 智(ち)を胸に 精鋭と生き
ある者は 理(り)を胸に 英哲(えいてつ)と生く
その士気を 野に刻み
天翔(がけ)けり 高き理想は
碧(あお)く 碧く
たぎる波 指し
今 ふたりの 若者がゆく
ある者は 雪を踏み 南風うけ
ある者は 花を蹴(け)り 北風うけて
天命(てんめい)を 壮心(そうしん)に
憂(うれ)いなし 永久(とわ)の誓(ちか)いは

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秘密のケンミンSHOW・・・・・85
2009年07月05日
~ 今 日 の 雑 感 ~
秘密のケンミンSHOW
「秘密のケンミンSHOW」というテレビ番組があります。
各都道府県人の文化や習慣、食事、気質、方言などを様々取り上げて、その違いや珍しさを楽しもうという番組です。
わが長野県も、この番組にはよく取り上げられ、県民ほぼ全員が県歌「信濃の国」を歌えるとか、中学生になると、どの学校でも修学登山があるとか、他県ではお目にかかれない「塩丸イカ」「ビタミンちくわ」「エゴ」などの食文化があるとか、長野圏と、松本圏には、永遠のライバル意識があるとか------いろいろな話題を提供して来ました。
その番組の取材が、今度は、山ノ内町の沓野(くつの)というところで行なわれ、志賀高原の文化や山の習慣などについて収録がされたということです。
しかし、なにぶんにも出演するのは全員が素人ですから、台詞が棒読みになり何度も取り直したり、途中で子供たちが眠くなってしまい、翌日に撮影が持ち越されたりと、アクシデントがたくさんあったとか。また、同じ日に撮影したように見せるために、翌日も同じ洋服で出て下さいとスタッフが頼んだなど、エピソードは尽きなかったようです。

この番組は、わたしも面白いと思い、今までは楽しみに観ていたのですが、しかし、最近は、何だか少々興ざめして来ました。それというのも、特に長野県に限って言えば、この県民性は、とても一口で語れるものではないということに気付いたからです。
信州人の代表のように出演するタレントが南信出身者の食習慣を放送した場合、北信のわたしたちから見ると、「そんなザザ虫を食べる風習、信州人は全員がやる訳じゃない」とか、中信出身のタレントが「お稲荷さんは、おあげの皮をひっくり返して使う」といえば、「北信は、普通に使う」と、思い、とにかく歯がゆくてたまらなくなるのです。
無言清掃という掃除の仕方が、長野県全域の学校で行われているような放送もありましたが、わたしは、そんな話は初めて聞きました。県の北と南を比べるだけでも、お正月の魚として、北は鮭で、南はブリですし、北の人間は「~ずら」なんて言葉は決して遣いません。
このように、まったく別の文化圏が一つの県に幾つも入り組んでいる場合、一口に「長野県民は、こうだ」などと言って欲しくないという気持ちが、わたしにはあるのです。
だって、この「ナガブロ」を読んでいても判るように、コメント一つとっても、書き込まれている言葉に様々な方言の違いがあるじゃァないですか。文化圏も違うため、長野地域のブロガーさんの記事には、とかく食べ物についての記述が多いのに比べ、松本地域のブロガーさんたちの記事には、芸術鑑賞や、音楽鑑賞の記事が多いという特長があります。
これは、ある放送関係の人から聞いた話ですが、他の都道府県を扱うよりも、長野県を扱うのは、より気を使うのだとか-----。小地域単位で文化や習慣が違うために、ほんの些細なことでも、「うちの方には、そんな習慣はない」と、クレームがつくのだそうです。
今回の収録の放送は、八月六日と十三日、日本テレビ系列(テレビ信州)木曜日、午後九時から----の予定だそうですが、どういう内容になっているのか、一応楽しみではあります。でも、番組終了後には、東、中、南信の長野県民視聴者からクレームが来ることも、テレビ局は覚悟しておいた方が良さそうですね。 続きを読む
裁判員に方言は判るか?・・・・・84
2009年07月05日
~ 今 日 の 雑 感 ~
裁判員に方言は判るか?
裁判員制度が始まり、実際に、法廷での被告人の言葉や証人の話を、裁判員が訊くことになる訳ですが、ここに来て、また新たな難題が発生しました。
それは、裁判員が、被告人質問の際の被告人の言葉や、証人尋問の際の証人発言に関して、本当に意味を理解して聞き取れているかということです。
それというのも、被告人や証人は、ほとんどが一般人です。殊に、青森出身の人などの津軽弁や、鹿児島出身者の薩摩弁などは、おそらく、標準語圏に住む裁判員には、大半が理解出来ないものと思われるからです。
そこで、そういう場合の言葉を自動的に文字化して記録する「音声認識システム」を、裁判所は導入するという方向にあるようですが、それでも、上記の津軽弁などは、表記されない言葉もあるということで、独特のイントネーションが加われば、更に、機械の認識率は低くなるようです。
わたしも、大学時代に青森県の弘前から来ていた友人がいましたが、彼女の言う「えさこ」が、さっぱり理解出来ませんでした。これは、「家さ来い」の略語で、「うちへ遊びに来て」の意味だったのです。こんな訳ですから、津軽弁ともなれば、「じぇんこ(銭)」「うっと(とても)」などの言葉に加えて、訛りもきつくなるでしょうし、一般から選ばれた裁判員が理解できる範疇を超えてしまうことは判り切っています。
要するに、外国語を聞いているようなものなのです。
そう考えると、わたしたちの信州の方言もなかなかのインパクトがありますよね。

北信、中信、東信、南信でも、言葉はかなり違いますし、わたしの住む北信地方だけでも、「べちゃる(捨てる)」「ばちゃいい(ざまァみろ)」「ラッチもねェ(くだらない)」「うら(わたし)」「われ(あなた)」「しょうしぃ(恥ずかしい)」「かんじる(寒い・冷たい)」「しっちゃばく(やぶく)」「りこうもん(バカ)」「はぶせ・あいさ・あいふぁ(仲間外れ)」などなど、挙げたらきりがないほど、たくさんの方言があります。
しかし、それにしても、今まで裁判官や検事、弁護士の先生たちは、こういう言葉をすべて理解して裁判を進めて来ていたのでしょうか?そういうことは、わたしも、気付きもしませんでしたし、知りませんでした。
もしも、そうした言葉の受け取り方がほんのちょっと変わっただけでも、有罪無罪に大きく影響してくるのではないかと思います。これは、わたしの経験ですが、近所の人が、柿を下さるというので、「渋柿なら結構です」と、断ったところ、その人は、「なら、焼酎かけるだかえ?」というのです。渋柿に焼酎をかけると甘くなるそうなので、「お願いします」と返事をしたところ、その人は、もう一度、「焼酎をかけるだかえ?」と、いうのです。そして、何処か不機嫌そうに、帰って行きました。
わたしは、その人がどうしてそんな不機嫌そうな様子になったのか、判らずにいますと、お隣のお年寄りが教えて下さいました。「焼酎をかけるかえ?」と訊いた時は、「わたしが、かけておきますね」の意味合いが大きいのですが、「焼酎をかけるだかえ?」と、「だ」が一音入っただけで、「なに?あたしがかけなきゃならないの?」の意味が強くなるとのこと。
地元生まれで地元育ちのわたしでさえ、こういう微妙なニュアンスの方言があることに驚きました。
こんな言葉を、裁判員が聞き続け、すべて意味を理解することなど、果たして可能なのでしょうか?
裁判員制度に関しては、これからも多くの問題が持ち上がり、言葉の無理解による冤罪などが起きる可能性も捨てきれず、裁判が出来ないというケースも出てくるのではないかと、懸念しています。

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清 恋 譜 (せいれんふ)
2009年07月04日
「 詩 」
清 恋 譜 (せいれんふ)
山の湖水に眠れる女(ひと)は
淡いすみれに似るという
黒髪濡らす朝露に
愛のおわりを知るという
君よ 君よ 今は ただ
やさしき微笑み のこるだけ
その名を呼びて佇めど
風が水面(みなも)を吹くばかり
山の湖水に眠れる女(ひと)は
過去を語らぬ女(ひと)となる
山の湖水に眠れる女(ひと)は
夢にこがれて泣くという
草笛ふけば かの女(ひと)の
嘆きの詩(うた)と人はいう
君よ 君よ 今は もう
冷たく青き 水底(みなそこ)に
面影追いし泉には かろく花びら舞うばかり
山の湖水に眠れる女(ひと)は
過去を語らぬ女(ひと)となる
君よ 君よ 今は ただ
哀(かな)しき想い 馳(は)せるだけ
木(こ)の間に もれる 月光(げっこう)が
恋を縁取る 鎮魂曲(レクイエム)
山の湖水に眠れる女(ひと)は
過去を語らぬ女(ひと)となる

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入院病棟24時 5・・・・・83
2009年07月04日
~ 今 日 の 雑 感 ~
入院病棟24時 Ⅴ
皆さんは、「ミュンヒハウゼン症候群」という病気をご存じですか?
これは、小児期に受けた手術の経験がもとで、その時の家族や医療関係者からの同情や親切が忘れられず、大人になってからも、相手の気を引くために、自ら病気を作り出すというものなのです。
これが、自分ではなく、自分の子供や家族に対してわざと危害よ加え、献身的な看病をしている母親や身内だと周囲に称賛されることを快感とする場合は、「代理によるミュンヒハウゼン症候群」と、いうそうです。
これほどの病気ではないと思いますが、わたしが入院していた時の同室に、とにかく、手術をするのが趣味のような六十代の女性がいました。
とにかく、全身病気だらけといった感じで、手術も頭から足まで、色々な部位を手術しているのです。それも、大した病気ではないと思われる時でも、悪化したら困ると、自ら、希望して入院するのだということでした。
先日亡くなったマイケル・ジャクソンさんも、整形手術をしなければ安心できないというような精神状態になっていたため、医師が、もうその必要はないと忠告しても聞かず、仕方なく医師は、一応、全身麻酔をかけて手術したように見せかけたこともあったそうです。
その女性患者も、ややそれに近いところがあったのかもしれません。そんな多くの経験則を持つことで、とにかく医学的知識も玄人はだし。わたしたち同室の患者たちが驚くほどの博識ぶりで、若い医師と自分の症状についてのやり取りを、侃々諤々(かんかんがくがく)議論し合っていました。
「もう、〇〇さん、こっちは一応プロなんだから、ぼくの意見に従って下さいよ」
「なによ、プロならプロらしく、そのぐらいの薬の知識、持っていなさいよ」
一事が万事、こんな調子で、先生方も看護師さんもやりにくくて仕方がないようでした。そして、検査を自分から頼みこみ、車椅子を押してもらいながら、検査室へ行く時の嬉しそうなこと------。わたしには、とても信じられませんでした。この人は、いったいどういう神経をしているんだろうと、他の患者さんたちとも話し合ったくらいです。
しかも、病室の中は、その女性が何もかも仕切るという具合で、八十過ぎのおばあさんが、隣のベッドのわたしに、女学校時代の思い出を話してくれていた時も、急に不機嫌になり、「静かにしてよ!眠れないじゃないの」と、腹を立てたこともありました。病院内は、さも自分中心に動かなければ承知出来ないといったような、感じさえ受けました。

わたしが考えるに、その女性は、入院し手術をたくさんすることで、常に医師や看護師とも接していられ、しかも、若い医師たちに、まるでホストクラブへ通う常連マダムの如くかしずかれることが、快感でたまらなかったのではないかと、思うのです。
それが証拠に、外科部長が退院許可を出しても、絶対にそれを承諾しませんでした。そして、わたしが退院する日も、彼女は、まだその病室にいました。おそらく、この病院が、彼女にとって、かなり居心地良かったものと思います。
その後、その女性は、同じ病院内の別の病棟へ移動させられたそうですが、その際も、かなり抵抗したと、噂で聞きました。とにかく、不思議な感覚と趣味を持った人間が、世の中にはいるものなのだと、呆れました。

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一本松の幽霊・・・・・82
2009年07月03日
< 不 思 議 な 話 >
一本松の幽霊
わたしの母方の実家は、地元でも少しは名の通った日本そば屋です。
まだ、終戦間もない頃、食糧のない時代にもかかわらず、わたしの祖父は、配給の食料や、祖母の着物を農家に持って行って代わりに分けてもらったジャガイモや、トウモロコシの粉などで、すいとんなどを作り、それでも、何とか商売を続けていました。
そのわずかな食べ物を求めて、店の前には長い列が出来、その列に並ぶことすら出来ない持ち合わせのない人たちは、夜になると、店の裏手にある勝手口へ来ては、売れ残りの蒸かしイモなどを、ただでもらって行ったそうです。その中には、昼間は闇物資を取り締まっていた、若い警察官の姿もあり、「仕事がら、闇米には手を出せず、子供が腹を空かして困っているので、ほんの一つでもいいから、芋を分けてもらいたい」と、涙を流していたそうです。
そんな様子を見かねて、祖母は、「あんたにやるんじゃないよ。子供にくれるんだからね」------そう言って、蒸かしイモと岩塩を少し紙にくるんで、その警察官に持たせたこともあったそうです。
そのそば屋のすぐ隣に、母親とまだ幼い二人の男の子が住む家がありました。その家の父親は、既に戦死し、若い母親は、子供を抱えて必死で他人の家の畑の耕作などを手伝いながら、細々とした給金をもらい、その子たちを育てていました。
わたしの祖父母は、その家族があまりに気の毒で、時々、その家に売れ残りのうどんの玉や、野菜の煮物などを運んでは、「代金はいらないから、子供にいっぱい食べさせてやりなさい」と、渡していたそうです。ところが、しばらくして、その母親が、過労から身体を壊し、寝込む日が多くなりました。
子供たちの世話が出来なくなった母親が、わたしの祖父母に、子供たちにご飯だけでも食べさせてやって欲しいと、頼むので、もともと子だくさんだった祖父母は、別に二人増えたからといっても何のことはないと、二人の息子を家に呼び、朝飯を食べさせ、学校には祖父母の家から通わせ、夕飯を食べさせて、自分の家へ帰すという生活を送らせました。
しかし、そのうちに子供たちの母親の容態はますます悪くなり、地元の開業医の治療もかいなく、とうとう三十半ばの若さで亡くなってしまったのです。お葬式が終わり、引き取り手もなく途方に暮れる子供たちの将来を心配した祖父母は、彼ら二人を手元に引き取り、せめて中学を卒業するまではこの家の子供として育てようと、決めたのです。
そんな、ある日の夜のこと、祖母が家の外へ出た時、近くの畑の真ん中にある一本の松の木の下に、何やらぼうっと薄ぼんやり青白く光る物があることに気付きました。その光の大きさは、ちょうど人間の身体ほどで、よく良く見ると、それは、一人の女性の姿だったそうです。
祖母は、ひどく驚きましたが、さらに間近によって見詰めると、そこに立つ女性は、紛れもなく、数日前に亡くなった二人の息子の母親だったのです。母親は、祖母の方へ顔を向けると、悲しそうな顔をして、黙ったまま何度も何度も深々とお辞儀をするので、祖母は、これは、息子たちのことを頼むと言いたいに相違ないと感じ、
「判っているよ。子供たちのことは、ちゃんと面倒見るから、心配しないでいいよ」
と、声をかけたところ、母親は、嬉しそうに微笑むと、すっとその場から消えてしまったのだそうです。
その後、二人の息子たちは、中学を卒業したのちに、それぞれ会社へ就職し、結婚したそうです。
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日本たたきの代償・・・・・81
2009年07月02日
~ 今 日 の 雑 感 ~
日本たたきの代償
五月十日に行なわれた日豪対抗競泳の男子二百メートル背泳ぎで、十九歳の入江陵介選手(近大)が、これまでの世界記録を一秒〇八も上回る、一分五二秒八六を出しました。

しかし国際水泳連盟(FINA)は、入江選手が着用していた水着が、FINAの認可を受けていなかったことを理由に、公認しないという結論を出したのでした。
水着問題の規則作りにFINAが手間取っていたために起きた、不幸な偶然だといえば聞こえはいいですが、このニュースを聞いた時、わたしは、またか-----と、いう感を拭えませんでした。
1988年のソウルオリンピックの時、百メートル背泳ぎで、アメリカのデビッド・バーコフ選手を〇・一三秒差で下し、金メダルを取った日本の鈴木大地選手の三〇メートルのバサロ泳法に、FINAが、異議を唱え、翌年からは、バサロは一〇メートルまでと、規定されてしまいました。
今回の水着問題も、結局はFINAが、アメリカのパートナーともいわれるスピード社には、未だに、入江選手が着用したデサント社の水着に匹敵する性能の新製品が開発出来ていないという理由で、入江選手の世界記録公認を見送るとした訳で、明らかに、そこには、アングロサクソン優位の裁定が加味されていたと言わざるを得ないのです。

ワールドベースボールクラシックのルールにしても、この水泳の世界記録非公認にしても、アメリカは、どうしてそこまで、自分たちが常に一番でなくてはならないなどと姑息な策略をめぐらすのでしょうか?
そんな相手を嵌めるような卑怯な手段を講じて獲得するチャンピオンの座に、どれほどの意味があるというのでしょう。
しかし、あるスポーツ専門家曰く、「すべてのスポーツは、白人のためにあるので、それに該当しない人種の者がどれほどの記録を出しても、人間の記録とは認められないのだ-----と、いう考え方が、そもそも彼らの根底にはあるのだ」と、いうことなのだそうです。
ならば、どうして世界中を巻き込んだオリンピックなどを始めたのでしょう?アングロサクソンだけの大会を、細々と開催していればよかったのではないでしょうか。
しかし、アメリカは、単に自己満足で納得する国ではなく、国が出来てたかだか三百年足らずの土台の貧弱さゆえ、常に周囲から、「あんたが大将!」と、褒めそやされていなければ我慢がならないという、劣等感の塊のようなものですから、各国を従えていなければ、不安で仕方がないのだと思います。
でも、そんな自分勝手がいつまでも続くと思ったら、大きな間違いです。
それが証拠に、今回のことで、日本新記録が、世界新記録を凌駕することになった訳で、おそらく、アメリカやアングロサクソン文化の国がそうした身勝手なルール変更を続ける限り、こうした逆転現象は、どんどん加速するのでしょうね。
そうなれば、国際基準などついには当てにならないと、オリンピックなどの国際大会そのものからも世界中の選手の興味が薄れ、アメリカやアングロサクソン圏以外の国の選手たちが集う、真の覇者を決める大会が行われるようなことにもなりかねません。
世界は、もはや、アングロサクソンが考えているような貧弱なものではなくなっているのだということに、早く目を転じないと、彼らは、スポーツ界で生き残るすべを見失うことになるはずです。
そして、こうした姑息な日本たたきを続ける限り、その代償は、どんどん大きくなることを、彼らは肝に銘じるべきなのです。

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