短絡的発想世代

短絡的発想世代inu




    秋の番組改編が行なわれ、バラエティーも新しいものが始まったが、あまり「これは!」と思うものがない。

    午後七時台の番組を一通り観てはみたが、いったい何が言いたいのか判らないような、掴みどころのない番組もあった。

    「みんなの家庭の医学」も内容は、なるほどと頷けるものだったが、あの画面のバックに流れる如何にもわざとらしい「へ~」「ああ~」などのスタジオ観客の効果音が煩わしくて、思わず「黙れ!」と言いたくなった。

    こういう感心や驚きの声、さらに笑い声をわざと入れる番組は最近特に多くなったが、実に聞きづらい。

    おかしくもない所で場を盛り上げるために、無理やり挿入される笑い声などは、本当に視聴者をイライラさせる。

    「何が面白いのか?」

    と、不愉快にすらなるものである。

    それから、ナレーションにかぶせるバックミュージックも、とにかくうるさいものが多い。

    音楽がうるさすぎて、ナレーションが聞こえない時もある。しかも、どうしてここで、その音楽が流れるの?----と、首を傾げたくなる選曲も少なくない。

    結婚式で「サン・トワ・マミー」を歌われるような違和感だ。

    「ふたりの恋は 終わったのね  許してさえ くれないあなた-----眼の前が暗くなる サン・トワ・マミー」

    最近のテレビは何でもありということなのか・・・。

    番組制作者の平均年齢が下がったために、彼らが知っている以外の音楽や映像の本質が何処か蔑ろにされているような気がしてならない。

    視聴者層が中高年ならば、こんな歌でも流しときゃいいだろう。

    そんな安易な考えで、作られているような気がしてならないのだ。

    そういえば、以前、ある美容院へ行ったとき、カットを担当する20代の美容師さんがこんなことを言った。

    「『渡る世間は鬼ばかり』観ていますか?」

    わたしは、そのドラマを一度も観たことがない。

    「観てないけれど・・・」と、答えると、美容師さんはとても驚いた様子で、

    「え?観ていないんですか」

    と、言うので、どうしていきなりそんなことを訊いたのかと、逆に問うと、

    「40歳以上の女性のお客さまには、『わた鬼』の話題をふっておけば、会話には困らないはずだって教えられているので・・・」

    「はあ~?」

    わたしの方が、これには仰天だった。

    この美容師さんの言い分に基づけば、おそらくは高齢者には「水戸黄門」の話でもしておけば無難だろうという発想になるはずだ。

    若い人たちの頭の中は、中高年にはこういう話題、高齢者にはこういう話題と、何でもステレオタイプを持ち出しておけば、一応はOKというような、ざっくりとした区分けで物事を考える癖がついているようである。

    こういう世代の短絡的発想しか持ち合わせない人たちが番組制作の中心になっているとすれば、バラエティーの質が落ちるのも判るような気がする。 

    でも、そういう若い世代の人たちが40歳以上になった時、今度はさらに若い世代の人たちから、

    「あのおばさんたちには、AKB48の話でもしときゃ単純に喜んでいるから、扱い楽勝」

    なんて、言われる日が来るんだろうな。

   

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Posted by ちよみ at 17:29Comments(0)ちょっと、一息 29

大人の中の幼児性

大人の中の幼児性icon17



    道路を歩いていたグループのうちの男性3人をひき殺そうとしたとして、埼玉県警所沢署は8日、殺人未遂容疑で所沢市美原町、建設作業員衣斐昂容疑者(23)を逮捕した。同署によると、「道路を広がって歩いていたので注意したら、生意気な口をきかれ頭にきた」と容疑を認めている。
    逮捕容疑は7日午前1時40分ごろ、所沢市緑町の市道で、運転していた普通乗用車を22~23歳の男性会社員3人に後方から衝突させ、殺害しようとした疑い。2人は頭や腰に打撲などを負い、1人は右足を捻挫した。
    同署によると、衣斐容疑者は運転中、白線で仕切られた歩道を約10人で2列になって歩いているグループを発見。車を降りて注意したところ、口論となった。会社員らは最後は「すみません」と謝ったが、同容疑者はいったん立ち去った後、車をUターンさせるなどして追い掛けて来たという。
    衣斐容疑者は3人にけがをさせたまま、車で逃走。同署が8日午前、市内のホテルで同容疑者を見つけ、逮捕した。現場にブレーキ痕はなかったという。(YAHOO!ニュース)




    近頃、正義感を暴走させる人が多くなったように思う。

    自分は良いことをしているのだから、注意された人はそれに従うのが当然だ----と、いうような利己的な自分本位の正当性の押し売りである。

    だから、これを無視されたり断られたりすると、途端にその正義が悪へと豹変する。

    良かれと思ってしたことが、実は相手には迷惑なことだったとなった時、「おれの好意を受けられないのか」と、怒る場合と同じ理屈である。

    つまり、注意をする者が自分のことだけを考えているために、相手の気持ちへの想像力が回らないのである。

    自分が「道を広がって歩いたら、他人に迷惑だろう。気を付けろ」と、言った際、相手がどんな感情を返して来るかということまでも推量出来ないために、逆に言い返されて動転したわけである。

    これも心理学的にいうと、「無意識下の依存症」ということになるそうで、幼児性の最たるものなのだという。

    相手の反応は、こうあって欲しい。こうあるべきだ----と、思う通りの結果が出なければ承知出来ないというのは、正しく子供の考え方だというのである。

    しかし、このケースとは反対に、勇気を出して注意をしたら殴りかかられたなどということも世間には良くある話なので、注意するにもそれなりの覚悟で声をかけなければならないとも思うのだが、それにしても、これは如何にもやり過ぎである。



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Posted by ちよみ at 11:30Comments(0)ちょっと、一息 29

「逃走中」---つい観てしまう

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    「逃走中」----意外に好きで、つい観てしまう。(^_^;)

    わたしなどは、逃走者たちが、どうして途中で「自首」して、それまでの賞金をゲットしないのかいつも不思議なのだが、それもシナリオに織り込み済みで、タレントたちは最後まで逃げ切るという覚悟の上で参加しているのだろうな。

    この番組をつい観てしまう理由には、逃走者たちのエゴや正義感等の人間臭さが露骨に見られることにもあるのだが、それだけではなくて、あくまでも機械的に情け容赦なく彼らを追い詰める、ハンターと呼ばれる男性たちの存在も大きいように思う。

    ハンターは、アンドロイドという設定のためか、サングラスをかけた無表情で、エリア内に隔離された逃走者たちを冷徹に追跡する。

    皆、非常に足が速いので、ハンターのセンサーにロックオンされたら、たとえトップアスリートの逃走者といえども確実に逃げ切れる保証はない。

    ところで、このハンターたち、何処か実業団の駅伝部からでもスカウトされて来ているのかと思っていたのだが、そうではないらしい。

    もちろん、学生時代は元陸上部というような人もいるようなのだが、ほとんどはオーディションを受けてハンター役を得た舞台俳優さんたちだということだった。

    どうりで、皆、かなりのイケメンだ。背も高く、スタイルも良い。

    頻繁に出て来る長髪のハンター役の男性は、笠原竜司さんというそうで、ハンターの中でも最も人間離れした感がある。

    大木扶美彦さんというハンターは、笑顔もさわやかな好青年。サングラスをつけているのがもったいないくらいだ。

    他にも、高木悠暉さん、手賀崇文さん、北村哲也さん、半田拓也さん、純さんなどのハンターもいるという。

    でも、正直、ハンターの格好をしていると誰が誰やら良く判らない。

    ま、だからこそ、ハンターなのだろうな。

    揃いの黒のスーツ姿がストイックな彼らのイメージを、より高めているように思う。



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Posted by ちよみ at 11:05Comments(0)ちょっと、一息 29

「世にも奇妙な物語2012秋」を観て

「世にも奇妙な物語2012秋」を観てyama





    「世にも奇妙な物語2012秋」----を観た。

    中でも佳作だと思ったのは、倉科カナと宇津井健が出演していた、『相席の恋人』というドラマ。

    OLの山田スズ(倉科)は恋人の男性とマンションで同棲しているが、彼は結婚にはまったく乗り気でない。

    そんな折、スズはいつも通っているおしゃれな喫茶店で一人の老紳士(宇津井)と相席になる。

    老紳士はオムライスにマヨネーズをかけるという珍しい食べ方をするのだが、彼女は度々老紳士と同じ喫茶店で会ううちに、彼が未来からタイムスリップして来た自分の夫であることを知る。

    老紳士が同棲中の彼の未来の姿だと信じて疑わないスズは、同棲中の彼にもオムライスを作りマヨネーズをかけるが、彼は、「オムライスには普通ケチャップだろう」と、冷たく言い放った。

    さらに、そんな彼に自分以外の恋人がいることを知ったスズは、本当の運命の人を見付けるために恋の未練に終止符を打つ。

    老紳士は、未来の世界で亡くなり、もうスズの前には現われなくなったが、彼女がまたいつものように喫茶店へ行くと、相席を望む若い男性が現われた。

    その男性は、オムライスを頼み、そこへマヨネーズをかけたのだった。スズは、ようやく運命の人と巡り合うことが出来た。

    ストーリーもおしゃれでロマンティック。

    名優・宇津井健の優しい語り口が孫のような倉科の可憐さと調和して、夢のような暖かさを醸し出していた。

    何だか、心がほんのりと嬉しくなるような、近頃まれな良いショートストーリーだったように思う。



    で、他には、草彅剛主演の「ヘイトウイルス」もあったが、これには原作があるらしい。

    「世にも----」らしい奇想天外なストーリーといえるだろうが、スタジオセットが安っぽかったせいか、もう一つリアル感が薄かったように思う。

    世の中には戦争が絶えず、憎しみは憎しみを生み続ける。だから、その連鎖を何処かで断ち切るしかない。

    ために、ある博士が理論上の偽ウイルスを作り出し、人が憎しみという感情を持つのは、ウイルスに侵されているからだという説に基づいて社会が再構築されたという近未来SF。

    ただ、肉親を殺されても、それを微笑んで許せる人たちが本当に健全なのか?----というような今の死刑制度をとりまく賛否に対する、一種の問題提起とも考えられる内容ではあった。

    それにしても、草彅剛のあの滑舌の悪さは、どうにかならんもんかね。(・_・;)



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Posted by ちよみ at 18:09Comments(2)ちょっと、一息 29

女性の幸せとは?ほか

女性の幸せとは?ほかicon06




     「女性は、愛するより、愛される方が幸せ」

    と、いう一般の説があるが、これって本当?

    そんな質問が知恵袋に寄せられた。

    何だか、歌謡曲のフレーズみたいだが、これに対するベストアンサーは、

    「幸せという感情は、自らが感じるものであり、感じさせられるものではない。どんなに愛されたとしても、それを愛だと感じられなければ、幸せではない。愛すればこそ幸せなのであり、自分の感情こそが幸せ感を生み出すのだ」

    掻い摘んでいえばこんなところだろうか。

    要は、どんな逆境に立たされようとも、自らが能動的に愛する男性がそばにいれば、逆境さえも幸せなのだと、いう理屈だろう。



     小布施から来た問屋さんが話していた。

    「この連休、小布施には人通りは多いが、買い物をしてくれる観光客はほとんどいない。街の名所を見物して、そのままバスで帰ってしまう。格安ツアーなんて、こんなもんですよ」

    何処もかしこも不景気は同じらしい。

    彼は、「笛吹けど踊らずの国民意識をどうにかしなければ、信州の観光は、未だ「おひさま」効果の続く松本・安曇野を除いて、壊滅してしまうのではないか」と、危惧していた。

    


     新潟県でも熊が人を襲ったそうだ。

    襲われたのは高齢の女性と50代の男性。男性は、熊を見付けて逃げようとしたが、砂利に足を取られて転んだところを、正面からのしかかられたのだという。

    男性の足や腕には熊と格闘した生々しい噛み傷やひっ掻き傷が出来ていた。

    やはり、熊は朝方に民家近くをうろつくという習性があるようだ。

    ほとんどの人が早朝に襲われている。

    熊は、夜の間に山から住宅地へ下りて来ているのかもしれない。

    今年は、長野県内でも熊の目撃情報が例年よりも多いという。

    庭に柿の木などがあるお宅は、要注意といえよう。


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Posted by ちよみ at 12:12Comments(0)ちょっと、一息 28

ママ友会禁止令

ママ友会禁止令face08




    都内の公立小学校の入学式で、ある通知が配られた。「保護者間交流に関するお願い」と記され、内容はこうだ。

    「学校外での有志による保護者サークル等の開催について自粛をお願いします」

    保護者間、特に母親同士の会合を禁止する「ママ友会禁止令」だ。トラブル防止を目的に、特定の親同士で仲良くせず、学校が開く保護者会を通じて幅広くつきあうように求めている。

    学校関係者によると、2年前から入学式で配布するようになったという。中学受験を控えた5、6年生の保護者には、友だちの志望校を学校に問い合わせることも自粛するよう呼びかけている。同校では過去に、私立中学校に合格した子の親になりすまし、入学辞退の電話を中学校にかけた親がいたからだ。

    通知ではこのほか、ママ友同士のトラブルにつながりがちな学校への子どもの送迎も控えるよう求めている。フェイスブックなどのソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)の利用や、メールアドレスの交換もだめ。保護者間の連絡は、学校の連絡先名簿を利用するように、としている。(YAHOO!ニュース)




    なかなか興味深い取り組みを始めた小学校もあるようだ。

    保護者間でのフェイスブックやメールでの直接のやり取りも禁じたところがミソだろう。

    インターネットを利用することで、ともすれば特定の保護者ばかりで連絡を取り合うことになりかねず、自ずと彼らの間に派閥やグループが出来やすくなり、ママ友同士のいじめにも発展しかねない。

    この小学校は、実に画期的な「ママ友会禁止令」に着手したといえる。

    それにしても、自分の子供の友だちが何処の中学を受験するのかを、学校に問い合わせる親がいることには唖然とする。

    他人の子供が何処を受験しようと我が子には何の関係もないと思うのだが、どうしてそこまで人の動向が気になるのか?

    合格した他の子供を志望校へ入学させまいと、その子供の親を名乗って入学辞退の電話を中学校へかけるなど正気の沙汰とは思えない。

    ママ友たちにとって、もはや我が子は、気に入らないママ友を蹴落とすための武器のような存在になっているようにさえ思われる。

    小学校や中学校は、あくまでも子供たちが主役のはずなのに、いつから保護者が前面に出て来るようになってしまったのか。

    教える側の教師たちも、本来しなければならない子供への教育よりも保護者への対応に神経をすり減らしているのが現状で、これでは何のための学校教育か判らない。

    保護者は、教師が特段子供たちに理不尽な接し方をしていない限り、黙って見守っていればいいのである。

    学校は、ママ友たちのレクリエーションの場ではない。

    学校側に保護者の教育までもしなければならないような負担をかけるのは、どう考えてもまともとは思えない。


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Posted by ちよみ at 17:07Comments(0)ちょっと、一息 28

頑張り屋には耳の痛い話

頑張り屋には耳の痛い話icon25




    この秋から、SBCでは「レジデント~5人の研修医」なる医療ドラマが始まるらしいが、はて?・・・何処ぞで聞いたようなタイトルだな。(爆)




    ところで、あなたの周囲にやたらがむしゃらに仕事をこなす人はいないだろうか?

    休日返上で仕事に明け暮れるような、仕事生き甲斐人間だ。

    しかし、そういう人は、あまり幸せそうな顔をしていないのは何故だろう?

    それは、仕事がその人にとっての逃げ場になっているからである。

    つまり、そういう人は、決して仕事が好きなわけではないのだ。

    ただ、心の中の言いようもない空虚感を満たすために、何かをしていなければやり切れないから、無我夢中で自分を追い込むのだという。

    そして、何かを達成した時だけ、生きているという実感を得ることが出来るのだ。

    ある有名な漫画家が、これに似たようなことを話していたことがある。

    「別に漫画を描くことが好きで描いているわけではない。描いている時は、常に苦痛で仕方がないのだが、描き終わった時の一瞬の安堵感が、自分にとっての最良の時間に思えるのだ」

    こういう感覚は、トップアスリートにも共通するものなのかもしれない。

    走り始めた頃は、走ること自体が楽しくて走っていたのだろうが、記録が更新されて周囲の期待が高まるにつれ、自分は目に見えない何者かに走らされているという義務感を覚えるようになるマラソン選手も多いという。

    それでも、走り続けるのは、走ることでしか自分自身を実感できないからであろう。

    そうやって、弱い自分から目をそむけているに過ぎないのである。

    だが、その苦痛は、ある時突然限界を超える。自分を追い込んで追い込んで、それでも自身が納得できる結果が出ない場合、達成感すらも手に入れられなくなる。

    疲れても仕事から離れることが出来ず、休養が取れない。

    何もかも忘れて放り出してしまえれば楽なのだが、それは怖くてできないのだ。何故なら、その仕事を離れてしまうと、自分が生きて社会の役に立っているはずだという証明さえも消えてしまうからである。

    それがうつ症状を引き起こす原因の一つだともいわれているそうだ。

    だから、真面目で熱心な人は、決して勤勉な人ではない。

    仕事をしていないと不安に押しつぶされそうになるから、頑張るしかないのである。



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Posted by ちよみ at 11:37Comments(2)ちょっと、一息 28

美容院へ行くと言ったら怒られた

美容院へ行くと言ったら怒られたface08




    「今日、美容院へ行って髪を染めるといったら、旦那に『何処にそんな金があるんだ!?』と、怒られた」

    共同浴場で、一人の主婦が嘆いていた。

    「生まれてからこれまで、美容院へ行っちゃいけないなんて言われたことなかったから、もうショックで、心臓がどうかなりそうだった」

    と、悔しがる。

    でも、その主婦も、確かにこんな不景気になれば少しでも贅沢を控えなくてはいけないことは判っているようだが、70歳を過ぎてここまで落ちぶれた生活が待っているとは思いもよらなかったと、落胆する。

    すると、もう一人の主婦が、

    「うちだって同じだよ。今まで行っていた美容院は、染めるだけで5800円もとったから、そんなお金はもったいないと思って、家で染められる染め粉を買うことにした」

    と、苦笑した。

    「おばあちゃんもまだ生きているし、これから自分らだっていつまで元気でいられるか先は判らないから、出来るだけ切り詰めようと思えば、一番手っ取り早いのが髪いさんや化粧品のお金だからね」

    これを聞いた先の主婦は、

    「もう、情けないったらない。惨めだ・・・。何で、こんな世の中になっちゃったんだろう」

    と、怒りを漏らす。

    「あんたも、市販の毛染めにしなよ。安上がりだし、それなりに染まるから」

    そう言われても、主婦はどうしても納得が出来ない様子で、

    「どこか、安く染めてくれる美容院ないかな?」

    「自分で染めるのが嫌なら、あたしがやってやろうか?」

    「・・・・・」

    そうは言われても、彼女はもう一つ我慢がならない様子で、即答を避けた。

    高度成長期の好景気をバリバリ稼いできた世代の主婦たちは、よもや自分たちの老後がこれほど不景気に見舞われるとは思いもよらなかったために、節約のため美容院へさえ思い通りに通えなくなるなどとは、想像すらしてはいなかったはずである。

    これまできっちりと身仕舞を正して生きて来た女性にとって、たかだか髪を整えられないなどということは驚天動地の出来事に他ならない。

    「白髪のままで生きなきゃならないくらいなら、死んだ方がマシだ」

    主婦は、吐き捨てるように呟いた。




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Posted by ちよみ at 18:02Comments(0)ちょっと、一息 28

温泉場の今昔

温泉場の今昔yama




    「渋温泉さえよければ周りの安代温泉や角間温泉、上林温泉がどうなろうと関係ないのかねェ。町長さんが渋温泉の人だからかね・・・」

    近所のおばあさんが近頃の渋温泉一辺倒のテレビ番組に苦言を呈していた。

    そういえば、これと同じことを言う人が他にもいた。

    「もう、渋温泉の番組、見飽きたよね。いつもいつも同じ顔ぶればかりが出演していて、山ノ内町内には、まだまだいい所がたくさんあるのに、あ~またか・・・って感じ」

    地元の人たちに呆れられては宣伝番組も逆効果だ。

    これからの季節、テレビ局には、今度はぜひ渋温泉以外の山ノ内町の素晴らしさをどんどん紹介してもらいたい。 

    このブログでも何度か書いて来た通り、渋温泉は格式も高く、確かに素晴らしい歴史のある温泉場だが、安代温泉や角間温泉の庶民的な情緒も魅力的には決して引けを取らない。

    渋温泉と安代温泉は一本の道でつながっている。

    しかしながら渋温泉は安代温泉のことを一言もPRしようとしない。

    何故だろう?

    渋温泉は沓野区で、安代温泉は湯田中区だという理由だけではないようにも思う。

    戦後、世の中には深刻な食糧難が襲い、敗戦の放心状態に破滅的な感情が渦巻いて、人々が何に希望を見出したらよいか判らなかった混乱の時代、戦地から戻った安代温泉の若者たちは考えた。

    「温泉祭りをやらないか?」

    「温泉祭りって、何をやるんだ?」

    「とにかく、何でもいい。皆が楽しく騒げることをやるんだ。元気が出れば、やる気も起きる」

    そこで、安代温泉の若者たちは沸き出す温泉を樽に入れてそれを担いで街中を練り歩いた。

    腕に覚えのある者は、横笛や三味線、太鼓なども持ち出して愉快にはやし立てる。

    これには、近所の人たちも何事かと見物に集まると、一気に街は足の踏み場もないほどの人々で埋め尽くされ、お祭り騒ぎで盛り上がった。

    すると、この様子を見ていた渋温泉からも、

    「おれたちも、温泉祭りに加わらせてくれないか」

    との声があがる。

    「もちろんだ。どうせやるなら、安代、渋みんなで派手にやろう」

    安代温泉の人たちは、一も二もなく承諾し、安代、渋が一緒になって戦後の温泉場を活気づけたのだった。

    そうやって、戦後の混乱期の安代・渋温泉は再び温泉場本来のにぎわいを取り戻したのである。

    観光地は、何処も持ちつもたれつでやらなければ、景気回復などは望めない。

    自分たちだけ潤えばいいというような利己的な考え方では、先が見えている。

    今の渋温泉があるのも、過去に近隣の温泉場が協力を惜しまなかったからであろう。

    そういうかつての恩を決して無にして欲しくはないのである。

    因みに、今日からSBCで始まった再放送の韓国ドラマ「天国の樹」の撮影は、角間温泉や湯田中温泉が舞台。

    劇中に登場する主人公たちが通う高校は、山ノ内中学校を使用している。




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Posted by ちよみ at 15:36Comments(0)ちょっと、一息 28

映画「大奥~男女逆転」を観て

映画「大奥~男女逆転」を観てvolunteer




    昨夜、テレビで放送した映画「大奥~男女逆転」を観たが、まあ、あのハチャメチャなストーリーは以前からある程度知っていたので、あまり驚きもしなかった。

    さすがは、「漫画」が原作、何でもありの世界だ。

    いろいろ考えるものだなァ・・・と、ある意味感心したというところか。

    それにしても、時代劇大好きの父親がこれを観ていなくて良かったと思った。

    内容を説明している間に番組が終わってしまうだろうから----。

    どうしても、理解不能の時は、

    「SF時代劇だから・・・」

    と、言ってスルーしようと考えていた。

    まあ、それはそれとして、映画が始まってすぐに思ったことは、俳優たちはもとより、制作スタッフが時代劇を知らな過ぎるということだ。

    俳優たちの動作がぎこちない。侍の仕草や動きがまったく出来ていない。

    長袴のさばきがお粗末。刀の持ち方がメチャクチャ。

    江戸城内に長刀を持ち込んでる不自然さ。(これも漫画だから許されるのかな?)

    水野祐之進役の「嵐」の二宮和也の剣術の形が軽くて、とても使えるとは思えない。

    しかも、頭がグラグラと動きすぎ。

    動作や台詞回しにメリハリがなく、観ていてハラハラする。

    女優陣も似たり通ったりで、衣装に着られているといった感じ。

    脚本の台詞がおよそ時代劇ではない。

    俳優たちに気合いがなさすぎ。

    まあ、数えあげればきりがないが、とにかく素人集団が付け焼刃でこしらえたやっつけ仕事のようだった。

    ただ、唯一の救いといえば、お信役の堀北真希のおキャンな可愛さだけは、江戸の小町娘らしさが出ていて、ホッとするものがあったというところだろう。

    二宮は、町人姿の方が似合っていたように思った。

    この「大奥~男女逆転」は、今度ドラマ化され、また映画も続編が控えているそうだが、あり得ない嘘を如何にも本当のように視聴者に思わせるためには、やはり、役者の演技力が欠かせない。

    視線の配り方や着物のさばきかた、殺陣の鋭さにお辞儀の仕方一つとっても、手抜きは禁物なのだ。

    とにかく、難しいことは無理でも、背筋だけでもピンと伸ばし、首と肩を同時に動かすことに気を付ければ少しは様になるかもしれない。

    それから、もう一つ、台詞の際は極力まばたきをしないこと。

    武士の気合いや気迫は、目に出るのだ。



    

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Posted by ちよみ at 17:39Comments(0)ちょっと、一息 28

続々・雑感いろいろ

続々・雑感いろいろtrip02




    日が短くなった。

    あっという間に暗くなる。



     ところで、尖閣問題が発端となり、日本へ旅行に来る中国人観光客が激減しているそうだ。

    彼らは何処へ行ったのかといえば、東南アジア各国や、主に韓国へ旅行先を変えたようだ。

    報道番組に取材されていた韓国で買い物中の中国人女性は、10万円相当の化粧品を紙袋いっぱいに入れながら、

    「肌に合う化粧品を買いたかったんだけれど、日本製品を持っていると危険だから・・・」

    と、話していた。どうも、中国国内の日本バッシングがあまりにひどいために、その報復として、日本でも中国人が殴られたりするかもしれないという危機感が広がっているらしい。

    それで、今年は韓国に変えたのだという。

    あれだけ一方的に日本の企業を暴力的に破壊しておきながら、今度はその報復を懸念しているというのだから訳が判らない。

    何をやっても日本は深い親心で寛大に許してくれるはずだとでも、期待していたのだろうか?

    二万社近くにも及ぶ日本企業の中国引き揚げが早くも始まったとも、番組は淡々と伝えていた。




     自宅で家族に看取られたい-。それが最期の希望だったという。フジテレビ系バラエティー「ホンマでっか!?TV」などで知られる流通ジャーナリスト、金子哲雄(かねこ・てつお)さんが急逝した。41歳の若さを奪ったのは肺カルチノイドという10万人に1人に発症する珍しい病気だった。

    テレビでの激やせ姿が話題になったとき、「睡眠時無呼吸症候群を改善するためダイエットで体重を13キロ落とした」と説明していた金子さん。だが、やはり深刻な病魔に冒されていた。

    所属事務所によると、昨年6月、咳が出たため診察を受けたところ、肺カルチノイドと判明。入退院を繰り返しながら仕事を続けてきた。1カ月前に容体が急変し、2日未明、妻・稚子(わかこ)さんが見守る中、息を引き取った。自宅で最期を迎えたいという本人の希望だったという。(YAHOO!ニュース)



    こういう病気があるとは、初めて知った。

    通常のがんよりも進行が遅い病気だそうなので、早期発見すれば手術で根治も可能だというが、まだ40歳前後の若さでは、健診を受けようなどとは思いもしなかったのだろう。

    ましてや、何の初期症状もなかったとすれば、まさか自分が10万人に一人という奇病だなどとは考えるべくもない。

    昨年6月に病気が発見された時は、同じタレント事務所に所属している女性医師に、主治医が描いた肺の絵を見せて、

    「影があるといわれた」

    と、相談したというが、女性医師は、その描かれた影があまりに大きかったので驚いたと話していた。

    「もはや手術も出来ず、完全な治療法がないのなら、運動をして、野菜中心食に変え、自分の力で病気を治してみせる」

    そう語っていた金子さんだったそうだが、まだ41歳。

    願わくばもう半年早く病気が発見されていたら・・・と、関係者ならずとも悔やまずにはいられない。




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Posted by ちよみ at 19:07Comments(0)ちょっと、一息 28

ある仲居さんの徒然話

ある仲居さんの徒然話icon26




    ある旅館で仲居さんをしている女性に訊いてみた。

    「近頃のそちらの景気はどうですか?街に観光客らしき人たちの姿はありますか」

    すると、その女性は、露骨に顔をしかめ、

    「ぜんぜん、ダメ。旅館街は綺麗だけれど、お客さんの姿なんてパラパラしかないよ」

    と、首を振った。

    そして、

    「旅館に泊っても、せいぜい一晩泊まり。食事はいらないなんてお客さんも多いしね。あたしらだって、毎日決まった出勤じゃないし、電話がかかってくれば行くって感じ・・・。客室なんかほとんどガラガラだから、大丈夫なのかなって、心配になっちゃうくらいだよ」

    と、肩をすくめた。

    また、宿泊客からは、こんな質問も良く出るという。

    「どうして、こんなに人が少ないの?お店もほとんどないじゃない」

    そんな時は、冗談まじりにこう答えているそうだ。

    「お客さまたちが、もっとお金を落として下されば、こんな閑古鳥が鳴くような街にはならないんですけれどね」

    常連客もだんだん高齢化してくれば、やがて旅行になど出て来なくなることは目に見えている。

    「また、イベントを計画している温泉場もあるようだけれど、子供ばかり来てもお金を落としてくれなければ意味ないしね」

    女性は、もはやどんな誘客イベントが始まっても、心底期待などしていないと苦笑する。

    ホテルや旅館は大概大きな借金を抱えているのだから、宿泊客のサイクルが途絶えればあっという間に廃業に追い込まれてしまうことだろう。
    
    「生き残れるとしたら、本当に家族だけで経営しているような小さな規模のビジネス旅館ぐらいじゃないの」

    彼女は、そうため息をついて去って行った。

    本当に、これからどうなってしまうのか・・・。考えるだけでも気がめいる。



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Posted by ちよみ at 11:23Comments(0)ちょっと、一息 28

O型女性のあれこれ

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    男性を振りまわして楽しむタイプの女性の第一位は、B型だとか。

    自由奔放なB型女性は、無意識のうちに男性を翻弄してしまう癖があるという。

    だが、それよりも厄介なのはO型女性で、これは、しっかりと意図を持って計画的に男性を振りまわすのだそうだ。


    さらに、セカンド女になりやすいのは、A型女性。

    つまり、俗にいう日陰の女というやつである。演歌でよくあるパターンの、幸薄くいつまでも愛する人を待ち続けるのも、A型女性がモデルである。

    しかし、これとは正反対なのがO型女性。

    自分が一番。リーダー気質で統率意欲満々のO型女性は、間違っても日陰の女などにはなり得ないのだそうだ。

    
 
    そして、最もカタカナの肩書に弱いのはAB型女性。

    メディアクリエーターとか、プロデューサー、コンサルタント、コーディネーターなどの肩書が名刺に書かれていると、それだけで「カッコいい!頭もよさそう。将来有望かも・・・」と、思い込んでしまうようだ。

    でも、これとはまったく逆の反応を見せるのがO型女性。

    カタカナの肩書など胡散臭さの証明と信じている。現実主義で保守的なO型女性は、そんな横文字にはまったく動揺しない。

    肩書は、あくまでも日本語でがっちりと記されていなければ、決して信じようとはしないのである。

    なんて言いながら、わたし自身は名刺に「フリーライター」なんぞと書いてしまっているが・・・。(~_~;)\スンマソ・・・





    ところで、人に食事をおごってもらったことで、何らかのトラブルになったことがあるだろうか?

    おごるとか、おごられるとかいうことは、よほど相手の懐具合をそんたくしていないと、あとあと面倒なことになるという経験が、わたしにもある。

    今から20年近くも前のことだが、友人たちとあるレストランでクリスマスパーティーをした際、その日はもう一つのパーティーに出席しなければならず、各自自由にオーダーした食事をしたあとで、わたしだけ早めにレストランを出ることになった。

    そこで、わたしが食べた分の食事代を支払おうと思ったら、パーティーの幹事でもあった女性から、「まだ、割り勘の料金がいくらになるか判らないので、後日請求するから今日はこのまま帰っていいよ」と、言われたので、そのままレストランをあとにした。

    そして、後日、彼女に会い、自分の食事代を払おうとしたら、

    「ああ、あれならわたしたちのおごりにしといたから、お金はいらない」

    と、言われたので、丁寧にお礼を言っておごってもらいっ放しになったのだが、その時、彼女は一言、

    「でも、あなたが一番高い料理を食べたんだよね」

    と、のたまわった。普通ならば、「なんだ、その言いぐさは!だから、こっちは食べた分を支払うと言っているじゃないか」と、激怒するところなのだろうが、わたしは、確かにカチンときながらも、それはそれとして聞き流した。

    だって、相手がお金はいらないというのだから、その心遣いと自尊心を傷つけるわけにもいかない。

    ラッキーと思いつつ、ありがたくおごってもらった次第だ。

    「さすがは、〇〇さん、太っ腹!」と、褒めあげて、その場を去った。

    まあ、それも処世術と割り切れば、何のことはないだろう。しかしながら、いったんおごると決めたのならば、あとから値段が安いの高いのと余計な補足を付け加えるのはマナーにもとる。

    どうせおごるなら、綺麗にさっぱりとおごって欲しいものである。

    因みに、彼女はその場限りのひらめきが得意なB型であった。

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Posted by ちよみ at 21:05Comments(0)ちょっと、一息 28

殴りかかる人たち

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    以前に、このブログにも書いたのだが、近頃はすぐにキレる大人が増えているそうで、そのキレ方が昔とはかなり質が違って来ているという。

    かつての日本人は、文字通り耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍んだのちに、堪忍袋の緒を切らすというのが相場だった。

    しかし、今は、人ごみで肩が触れた途端にブチ切れて、誰かれ構わずナイフで刺す----などという瞬間沸騰型が多くなっているそうだ。

    これは、何も若者に限った現象ではない。

    むしろ、年配者の中にこうしたタイプが増えているのだという。

    たとえば、駅の切符売り場の自動販売機の使い方が判らず戸惑っているお年寄りを見付けた駅員さんが、

    「何か、お困りですか?お手伝いしましょうか」

    と、声をかけたところ、いきなりお年寄りに顔面を殴られたという話も聞く。

    親切心から助け船を出したのに、どうして殴られなければならないのか訳が判らないという駅員さんだが、このお年寄りは認知症でも何でもない。

    話を聞けば、殴りかかるにはそれなりの理由があったのだ。

    「おれは、今まで人から助けてもらうようなことは一度もない。そんな弱い人間じゃないんだ。それを勝手にもうろくしたような扱いをされて、我慢が出来なかった。おれにだって、プライドはある。切符ぐらい一人で買える」

    とはいえ、そのお年寄りの後ろには、切符を買おうとする他の客たちが列をなしていたのだから、駅員さんとしては気配りをするのは当然である。

    が、そんな理屈はこのお年寄りには通じなかったようで、

    「どうして、もっと時間をかけて買わせてくれなかったんだ。恥をかかせやがって、バカにするな!」

    と、腹立ちは収まらない。

    つまり、高齢者にはこれまで自分の力で世の中を間違いなく渡って来たというゆるぎない自尊心があるため、如何に親切心からであろうと、それを否定する者は許せないのである。

    「本当に困ったら、自分の方から訊きに行くので、それまでは黙っていろ」

    と、いう訳である。

    精神科医が言うことには、

    「ストレスとは、怒りである。寂しさや孤独感が怒りに変わり、それがストレスとなる。ストレスが高じると、それを発散するために暴力を振るうのがキレるということで、これをなくすためには、感情を意識から切り離すことである。

    腹が立ったら、何故腹が立つのかを客観的に分析する癖を付けることで、怒りはある程度コントロールできるのだ。そして、腹が立った時は、一つ大きく深呼吸をする。そして、その時は、吐く息を出来るだけ長く続ける。こうすると、意外にその怒りが小さくなるという実験結果も出ている」

    そうである。

    しかし、傷付けられることを極端に恐れ憎む人たちの怒りをコントロールすることは実に至難の業である。

    自分は他の人間たちよりも特別でなければならない----と、考える人々が、キレる大人になるといっても過言ではないようである。

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Posted by ちよみ at 11:57Comments(5)ちょっと、一息 28

続々・話題いろいろ

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     お笑いトリオ「森三中」の大島美幸が、トーク番組で昔受けていたいじめの体験を話していた時、

    「いじめた奴には、ちゃんと仕返しをさせてもらった」

    と、語った。どんな仕返しなのかと思ったら、

    「そいつのリコーダーをトイレの便器の中へ突っ込んでやった」

    と、言う。何とも、可愛い仕返しである。

    でも、この告白をかつてのいじめっ子が聞いたら、かなりゾッとしたのではないだろうか。

    まさか、自分が知らずに吹いていたリコーダーが、便器内に浸けられていたものだとは・・・。

    大島のご主人は、「この人は、やると決めたことは必ず実行しますから」と、話しながら、隣の妻を何処か誇らしげに見詰めていた。





     どうして女性は、好きな男性が出来ると、そのことを他人に聞いて欲しくてたまらなくなるのだろうか?

    それが昔から親しい友だちにならば、天にも昇る胸の内を高揚感に任せてしゃべりまくるのも仕方がないのかもしれないが、さほど親しくもない間柄にもかかわらず、そうしたのろけ話を立て続けにまくし立てられては、何と返事をしたものか困惑するばかりだ。

    送られてくるメールにも二言目には、その男性の話題が出て来る。

    「〇〇さんが、こう言っている」

    「〇〇さんが、こんなことをした」

    受け取る側にしてみれば、ああ、そう・・・としか答えようがない。

    要は、自分の幸せ感を自慢したいだけなのだろうが、訴える先がお門違いとしか言いようがない。

    女性は、恋愛をしている時は、周囲が見えなくなるというが、頭の中は自分と彼のことだけでいっぱいなのだろう。

    正直、第三者の目から見ていると、まるで熱にでも浮かされた病人である。

    恋をするのは結構だが、感情は他人の迷惑にならないように自分一人の中でこっそりと処理して欲しいものだと、じみじみ願うこの頃である。




    
      今日は、骨密度の検査だった。

    先に、採血検査をしてから腰椎と大腿骨の骨密度を測定した。

    骨密度測定室は、病院内のちょっと判りにくい所にあるのだが、何度か行っている場所なので、迷うことはない。

    検査には約30分ほどを要したが、ただ仰向けに寝ていればいいだけなので特に大変なことはない。

    だが、病気になって初めてこれを測定する時は、既に足の骨がかなり薄くなっていたせいで、ほんのちょっと曲げられただけでも激痛が走った。

    しかも、曲げた状態のまま30分間も足を固定されるのだから、検査が終わった後はほとんど歩けないようになり、検査技師さんを恨んだものである。

    以前は、通常の人では考えられないような痛みが常に身体中を襲っていたので、骨が薄くなるということの恐ろしさは、おそらくどんな患者よりもわたしが一番実感しているだろう。 

    で、そのあとは、いつものように売店で野菜やお握りをたくさん買って帰宅した。


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Posted by ちよみ at 17:30Comments(2)ちょっと、一息 28